「ゆとり」と揶揄するのはやめにしないか。

ゆとり世代という言葉を耳にしてから久しい。「ゆとり教育」という政策のもと教育を受けてきた若い世代を総称したものだ。

報道でおなじみの言葉だが、この世代よりも上の大人がジェネレーションギャップの馬脚を露したにすぎない。世代特有の考え方や行動を断じる。流行語で言う「忖度」しない考えや、勝手気ままな常識外の振る舞いをする若者を指してディスる。ひと昔前のシラケ世代、新人類などの言葉と同様、完全に蔑称だ。

「ゆとりっぽいよね」「さすがゆとり」。何年か前まで普通に使われていたが、今も時折この言葉が聞こえてくる。ぼくはこの言葉をどうしても使う気になれない。

それはこの世代を憐憫の目で見るとか同情するとか、そういったものからではない。自分が教育を受けたときがたまたま詰め込み型だっただけの話であり、生まれたときがもう少し遅ければ自分もゆとり式を受けていたわけで。

オッさんだのジジイだの中年以上を表す言葉も、決して品のいい呼びかけではないけど、まだ許容できる。トシをとるのは誰もが平等。そう言っている若者も、いずれはそう言われるからね。

だが、「ゆとり」という語が当てはまるのは特定の世代のみ。そんな言葉を投げつけられて十把一絡げにされたら、どんな気持ちになるだろうね。いつの時代も若者って批判の対象だけど、ただでさえ少子化の今、もうそろそろ不毛な値踏みやマウンティングはやめにしないか。

写真は昨夜飲み食いしたバル(立ち飲み居酒屋ともいえる)、富士屋本店 日本橋浜町。ワインはグラス700円くらいで美味しいのが飲めるし、料理も洒落っ気があって安くてうまいので、たらふく食いまくり。いい店でした。

富士屋本店 日本橋浜町

富士屋本店 日本橋浜町 イカスミのクリームコロッケ

ホワイトアスパラと桜エビの温製