手紙は「リアルでの交流の楽しさ」を増幅させてくれるものでもある。

思いがけず暑中見舞いをいただき、返事を書きました。年賀状と違い、前回出している人、いただいた人というデータが当てはまらないから、けっこう驚かされます。最近どうしても年賀状は身内であろうとなかろうと「虚礼」だなぁと思い、できれば止めたいなと思うのです。

が、自分でも受け止め方に驚いたのですが。暑中見舞いは昨年と今年、それぞれ違う方からいただき、思わず顔がほころんでしまったんです。やはり「お手紙」ってうれしいんですよね。宛先が印刷されているものでも、たとえ一筆でもご本人の筆跡らしきものが認められれば十分。

え、年賀状もお手紙じゃんって? そうなんです。この暑中見舞いのうれしさは、たぶん「意外性」に由来するのではないでしょうか。「まさかこの人から」という予想もしない方からいただくと、良い意味でのサプライズ効果抜群で、脳内でその人との交遊録の引き出しが開きます。

年賀状はこうはいきません。味気ない言い方になってしまいますが、いわば前例ベースですから、予想の範囲内。年始の挨拶にせよ近況報告にせよ、どういうことを書こうかと思案します。年賀状のやり取りだけでリアルでご無沙汰であれば、むしろ無難な内容に終始することも珍しくないです。

その点暑中見舞い(あるいは残暑見舞い)は、直近で交流した方からいただくことが多く、そのときの記憶や出来事をなぞるだけで楽しいんですよね。思わぬ暑中見舞いから、リアルで対面する大切さを感じました。