世の中、山ほど署名に満ちている。ならばその価値とは。

またドラマープラクティスの話。ぼくの好きなドラマーの一人、神保彰さんがインタビューでこんなことを言ってました。

「このドラムスは神保彰のものだとわかる、シグネチャーサウンドを生むドラマーを目指したい」

うろ覚えですが、10年くらい前に放送されたテレビ東京の音楽番組『音遊人(みゅーじん)』のインタビューで本人が語られていたと記憶してます。

いやもう、これ神保さんが謙遜してるか、あるいは最上志向の持ち主かというところ。最近はワンマンオーケストラのような、恐るべき遊びでも有名ですが、この人の音はライブでなくとも、そのドラミングを聴けば「あ、神保彰だ」とわかる。これこそがシグネチャーサウンドです。

野球のピッチャーの持ち球しかり、いつも行く食堂の味しかり。美術家の絵画や彫刻、小説家や作家の文体などなど。文字フォントだって、人の名前が付くくらいです。

Facebookユーザの中には村上春樹さんの新刊を入手できたことを、その特徴的な表現「やれやれ」を使って投稿する人もいる。それくらい自動的にフレーズやキーワードが出てしまう。ぼくですらマイケル・マン監督の映画とか、小山薫堂さんが企画に噛んでる番組とか、芹沢銈介の文様とか、ヴィヴィアン・ウエストウッドの服とか、中井啓さんがチューンしたポルシェとか、この方々のキャプションがなくてもたぶん分かる。当てられる。

つまるところシグネチャー=署名の価値とは、「本人のそれがなくても、(知っている人なら)その人が作ったものだとわかる」ことだろう。

それは誰もが持っている「個性」とも換言できるけど。有形無形問わず、目に見える形でアウトプットできるかが、価値あるシグネチャー創出への第一歩なんだろうな。