「起用される」こと、「分をわきまえる」こと。

ぼくの携わる雑誌で、時代劇研究家でコラムニストのペリー荻野さんに連載をもってもらっています。その関連で、以前ペリーさんから「殺陣がうまいと定評があるのは、なんといっても高橋英樹さん」と聞いた話を思い出しました。

宝塚歌劇『スカーレット・ピンパーネル』やジョン・ケアード演出の『ハムレット』など、最近観に行った演劇で殺陣(というかアクション)の場面があり、上手や下手ってどういうことかなと検索。そしたら、殺陣教室のサイトのコラム(2017年11月25日リンク切れ修正、当該記事が見つかりませんので趣旨の近い記事にリンク)を見つけました。

俳優に必要なスキルが分かりやすく書いてあります。表現力云々は当然として、「起用される」ことの大事さも説かれている点、激しく同感です。ヒューマンスキル、大事ですよ。ぼくが使う側なら、どんなに演技がうまかろうと、かっこいい男(かわいい女)だろうと、うまくコミュニケーションができない人は一緒にやりたくない。

映画でもテレビでも、コンスタントに出演している、要するに「売れている」人は、スタッフ受けもいいに違いない。高橋英樹さんも殺陣がうまいだけでは、あんなに頻繁にドラマに出られなかったはずです。おそらく、演技以外の何か、があるんですよね。

すごく才能があるのに、「あんまり出ない」人。これは本人が仕事を選んでいるともいえるけど、スタッフ受けが良くないのだろうなと推測します。内側では威張るとか、感情的になるとか、スタッフへの態度が悪い。外側ではマスコミの取材に非協力的とか、真面目にインタビューに答えないとか。

名前を挙げてしまうけど、役所広司さんや西田敏行さんはこの点も素晴らしい。謙虚でまじめで、でも記者を笑わせるようなユーモアの持ち主。本当の意味での大物とは、こういう人なんだなぁと。聞き手として非常にやりやすかったのをよく覚えてます。その逆の人? もちろんいますよ、誰かは言えないけど。

北野武監督が「おれの演出に口出ししてくるやつは二度と使わない」と話したインタビュー記事を以前読んだけど、まったく同感。映画の製作発表会見や完成披露の場で、俳優がたまに「”こうしたらどうでしょう”と提案した」と得意そうにしゃべっているのを見かけるけど、越権行為をしている自覚がないんだろうな。

ぼくの好きな俳優のアル・パチーノが、やはりインタビューで「最近、”どう演じたい?”と聞いてくる監督がいて困惑する。それを考えるのは監督の仕事。監督の考えを聞いたうえで、複数の演技プランを提示することならできるけどね」というようなことを言っていました。プロフェッショナルの言葉だなぁとうれしくなりましたが、この監督、誰なんだろう。困ったものですね。映画監督という芸術の塊のような仕事を、よくまぁ主体性なくできるよな。

ぼくとしてはとにかく、自分の領域を大事にしたうえで(領域以外の仕事はやらないという意味ではない)、我を張らず、独り立ちして使われる人間でありたい。使われる=起用されるということ。こびへつらうのではなく、誠実に仕事に取り組む。そのうえで充足感を得られればなおよしで。

アイキャッチの写真は最近お気に入りのプリン。かなりの頻度で買ってます。