「好意の返報性」というと恋愛面でよくいわれることですが、日常生活でも十分当てはまりますね。
恋愛面で「好意」といえば、告白すること、好き好き光線を放つ(とにかくあなたのことが好きですということを、間接的にでもアピールする)こと、などでしょう。が、これらは何も恋愛面に限った話ではなく、日常生活でも普通に応用できますよね。
- 目を見て、笑顔で挨拶する
- 相手にきちんと向き合う(相手のほうに身体を向ける、作業の手を止めて会話する、話に耳を傾ける、など)
別に積極的に声掛けしなくたっていい。言葉を使わない(受け身の)コミュニケーションでも、「この人は自分のことをどう思っているのか」って意外に伝わるものです。どんなに平静を装っても、繕っていたとしても。好きも嫌いも判ってしまうものなんですよね。
ノンバーバル(非言語)コミュニケーションって、それくらい大事。
もちろん、好意の返報性が全く当てはまらないことはあります。
- 相手から嫌われているとき
- 相手がテンパっているとき(何か問題を抱えている、大事なことが控えている、など)
後者はまだ推察、想像できるのです。「非言語情報でたいてい分かる」と言った舌の根の乾かぬうちになんですが、前者は2回ほどわからないことがありました。「嫌われていること」が分からなかったものだから、ずいぶん無駄な行動をしてしまったものです。一人は仕事関係、もう一人は昔の話で、同じサークルに入っていながらあまり会わない女性でした。
「嫌われていること」が分かった瞬間、こちらも覚めますよね。マイナスのストロークに対し、プラスのストロークで返そうと思ったけど、そこまで良い人にはなれそうもありません。腹が立つけど仕方ない。対策としては「距離を置いて無関心」、これしかないです。相手に嫌われているとわかって、ますます熱を上げる人っているんでしょうか。それはごく少数のストーカー気質的な人、なのかもね。
渡辺淳一さんは著書で「鈍感力」をうたいましたが、人生の最後まで鈍感でいられればラクなんですけどね。察することができてしまう、あるいは思わぬことで露見して(気づいて)しまうのが人間ってものでしょうよ。