稲垣えみ子さんの炎上コラム。依頼する側から考えたこと。

またFacebookのフィードに流れてきたニュースより。朝日新聞元論説委員で、アフロヘアのミニマリストで有名な稲垣えみ子さん。

彼女がある行政機関で講演した際、”担当者が持ってきた自分の本が「図書館の本」で傷ついた”というAERAのコラムがバッシングされているようです。

このコラムが炎上するのは

「稲垣さんはミニマルな生活を推奨している。にもかかわらず、自分の本を買ってもらえず”傷ついた”と愚痴るのは、単なるケチではないか」
「担当者は稲垣さんの考えを実践して図書館で本を借りたかもしれないのに、そういう事情を汲まずに一方的に批判している」

ということらしい。

ぼくは本業で取材を依頼する側です。この行政機関の担当者と、ある意味同じ立場の人間なので、そこから意見を述べますと、

行政機関の担当者の脇が甘い

と言わざるを得ません。

仮に、です。自分が稲垣さんの著作をテーマにしたインタビューを、著者である稲垣さんにしようというとき。その著作を買って読まずに著者本人に話を聞きに行くことは

あり得ない

です。

本人とリアルにお会いする際、その著作を持参する必要があるなら、なおさらです。

理由は二つ。

  • 著者に対して失礼だから。
  • 読まずにインタビューするなど不可能だから。

この場合、稲垣さんのポリシー云々よりも、依頼する側の姿勢を疑わざるを得ません。この担当者がミニマリストかどうかは問題ではない。著者に対しての敬意があれば(なかったとしても)著者の本を購入してから、著者本人に面会するのが当然のプロセスです。だって、仕事でしょ?

担当者には著者本人に対する最低限の敬意と、「図書館の本を著者本人に持って行ったら、本人がどう思うか」という想像力が欠落している。

稲垣さんは正直に気持ちを吐露して叩かれてしまった。これが稲垣さん以外の他の著者であっても、担当者は失笑を買うことでしょう。公にされないまでも。

この担当者に対し、周りで「それは本を買いなよー」とアドバイスする人がいなかったのか。あるいは書籍代として経費で落とせなかったのか(行政機関は厳しいのか?)、首を傾げたくなります。

話を聞く側、お願いする側として、考えさせられた一件でした。