変わらないことの大切さ。

お気に入りの場所は、むかしから動じず同じ、いつ行っても取り立てて変化がない。
変化するのは、その場を形成するオーディエンス(客)の顔ぶれだけ。
そういうのが好きです。

自分が通うBARとか、定食屋さんとか、寄席とかがまさにそう。
創る人、出しているものは基本変わらず、それを愛でる側だけが入れ替わっている。
場を形成している側の移り変わりが、場の歴史となっていく。

営む側からすれば「変えないこと」のほうが難しい。
時代の要請や流行り廃り、情勢に合わせて変えていき、トライアンドエラーを繰り返していくほうが理にかなっているように見えます。
その繰り返しで最適化していき、客のご機嫌をうかがい、集客を高めるほうが傍目には分がいい気がするのです。

変化するのは難しいというけど、むしろ逆じゃないのかな。
実は変わる、変えることは簡単で、要はその人次第ということ。
むしろ時代に媚びず、変えないことを維持するほうが難しい。
変えないでいることは、時代に置いてきぼりにされるリスクを孕んでるのだから。
それができる=変えないリスクを取れるのは「自分の意思」と「変わらないことを望む支持者の意思」がマッチしたからこそ、ではないでしょうか。

変化の速い時代、変わらないでいることの難しさ。
変えたくなるのがむしろ人情でしょう。
ゆえに変わらないことを「意思をもって」選んでいる人を尊敬します。

なんでこんな話を書いているかというと。
今日たまたまヤフーニュースを更新する際、いつものように中央のYahoo!ロゴを押すと(Yahooの場合、F5キーではなく、TOPページ頭のロゴを押してしまうクセがあるのです)、冒頭アイキャッチ写真のような「医療関係者への支援」を案内するページに遷移してしまう。

こういうのが嫌いなんです。
いつもと同じ仕様であってほしくて、運営の意図などクソくらえです。
そこに誘導したいのが見え見えという時点で萎えます。
選ぶのはあくまでこちら=ユーザー側なのです。
変わることをユーザーが望んでいるならともかく、サービス提供側による、いかにも知ったような余計なお仕着せは「うるせぇ」と言いたくなります。

こうして常にユーザーが自分を見る目(評価する目)を気にするネット界隈の姿勢は仕方ないとして、変わらないことを維持するほうが年々至難の業と化していると感じる今日このごろです。

しかし、(毎度のことながら)酔っぱらって書くと文章めちゃくちゃですね。
ご容赦を。

この記事を書いた人

hiroki

Webの中の人 / ウイスキー文化研究所(JWRC)認定ウイスキーエキスパート / SMWS会員 / 訪問したBAR国内外合わせて200軒超 / 会員制ドリンクアプリ「HIDEOUT CLUB」でBAR訪問記連載(2018年) / ひとり歩き / 健全な酒活 / ブログは原則毎日更新1,000記事超(2020年1月現在)/ ストレングスファインダーTOP5:共感性・原点思考・慎重さ・調和性・公平性