蜷川幸雄さんの演出にみる愛情のかたち。

ちょっと古い話題ですが。俳優・寺島しのぶさんが、2016年に亡くなった演出家・蜷川幸雄さんを悼む2年前記事を偶然目にしました。

蜷川さんは寺島さんが19歳のときから舞台に主演で起用。以後もシェイクスピアの『テンペスト』(2000年)、寺山修司の『血は立ったまま眠っている』(2010年)など、複数の作品で組んでいます。

組む、という表現が当てはまるかどうか。蜷川さんと寺島さんは演出家と俳優という関係を飛び越して、戦いを避けることができない相手だったのかもしれません、互いに。

蜷川さんの演出でよく言われる、「灰皿が飛んでくる」という俳優に対する容赦ない罵倒。演出家に求める演技ができず「お前なんか死んじゃえ」と言われて目の前で胃薬を飲まれたこと。

対する寺島さんも、演出に意見を言ったり、意見を求めたり。蜷川さんをして「態度が悪い」と言われしめるほどの人なわけです。蜷川さんなりの褒め方でしょう。

もう、こういう演出家や映画監督は出てこないだろうな。蜷川さんの演出はある意味、役者の追い詰め方が専売特許のようなところがあったし、蜷川さんのもとで経験することで、飛躍的な成長を遂げた俳優は事実枚挙にいとまがありません。

何かあればパワハラ、モラハラ、セクハラだと神経を尖らせる世の中です。いや、それが悪いと言っているのではなく、この時代の流れで、信頼残高も実績も少ない演出家が蜷川さんのような演技指導をしたらどうなるか。結果は明らかです。

これからの時代、映画や演劇などエンターテインメントの世界もより調和を重視した作り方になっていくのでしょうね。話し合いや互いの意見を取り入れるといったやり方です。

これはこれで当然良いのですが。蜷川さんのような天才は見つけづらくなり、世に出にくくなるでしょう。

ひとつ確実にいえるのは、ハラスメントと愛情表現は明らかに違うこと。ハラスメントを愛情表現だと強弁し正当化する輩をたまに見かけますが、その違いはコミュニケーションの相手、受け手に伝わるかどうかです。本当の愛情とは相手に伝わるもの。教育現場で未だに見られる体罰の大半が不当と断じられるのは、愛情が欠落しているからです。

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hiroki

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編集者 / ウイスキー文化研究所(JWRC)認定ウイスキーエキスパート / 訪問したBAR国内外合わせて100店超 / 会員制ドリンクアプリ「HIDEOUT CLUB」でBAR訪問記連載(現在は休止中) / ひとり歩き / 酔っぱらわない酒活実践者 / ブログは原則毎日更新600記事超(2018年10月現在)/ ストレングスファインダーTOP5:共感性・原点思考・慎重さ・調和性・公平性