20代のころ、取引先である大手出版社のベテラン編集者(仮にTさんとしておきます)にBARに連れてもらったことがあります。
Tさんが連れて行ってくれたのは、自身が贔屓にしているという、知る人ぞ知る店。
いわゆる「文壇バー」とは違うのですが、誰もが知っている文豪もなじみだったというBARです。
そのときはBARの価値がわからず、またハードリカーの良さも理解できずで、それっきり。
で、数年前……いやもっと前かな?
ふと思い立って(というか、その記憶がよぎって)、Tさんが連れて行ってくれたBARに伺いました。
実に約15年ぶりでしょうか。
初めて伺うお店の場合、「どうしてウチを知ったのか」「誰かの紹介か」みたいなことを聞かれることが多いんですよね。
で、そのBARでも、ママさんに訪問が初めてでないことや、自分が駆け出し時代にTさんに教えてもらって再訪したんです、なんてことを話しました。
それから数回伺ったと思いますが、次第に足が遠のき、今は足を運ぶことがなくなりました。
一応ことわっておきますと。
そのお店や、ママさん、バーテンダーと合わなかったのでは全くないのです。
なぜ伺わなくなったかといえば、閉店時刻が比較的早いことと、もうひとつ。
自分で開拓した店でなかったから――
なのかなぁ、と。
心のどこかで、紹介してくれた人に対する遠慮がある、とでも言えるのかな。
我が物顔でそこに座ってる自分をメタ認知(自分の姿を客観視で想像)してみると、何やら滑稽なんですよね。
当時Tさんが、お店のママさんたちに、若造だったぼくのことを紹介しながら
「こうやって若い人に、後を継いでいってもらわないとね。俺もうトシだし」と仰ったのを、今でもよく覚えてます。
Tさん、当時は価値がまるでわかりませんでしたけど、今は少しくらいは理解できるようになったかもしれません。
同じ紹介でも、たとえば自分が懇意にしている店のマスターに紹介されたとなれば、話は別。
そう遠くない後日、紹介してくださった店に喜んで伺うことになります。
で、紹介してくださったマスターに、御礼とともに感想をフィードバックするわけです。
同じ客である相手が紹介してくれた店には足しげく伺えず、自分で開拓した店には難なく通える。
この違いは何か。
それは、連れて行ってくれた相手への遠慮であり、その遠慮はBARに通う基準のひとつである「一人で気楽に飲めるか」に反してしまうから。
ま、そんなのBARからすれば、どうでもいいことでしょうけど。
一人飲みに執心する飲み手からすると、「雑念なく落ち着いて飲める」ことは、実は大事なのです。
あぁ、Tさんに教えてもらったBAR、また伺いたくなってしまった。
もう時効だろうし、良いかなぁ。