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アーティストはむしろ、地方公演ほど力が入るもの。

某アーティストが茨城県水戸市で行ったコンサートの内容がネット界隈で炎上しています。
歌主体であるはずのコンサートが、結果的にMC=トーク中心の内容になり、ファンを失望させたということらしい。
途中退出者が出たそうですけど、ほんとにつまらなければ確かに出ていきますね。

そういえばジュリーも一部コンサートで喋ってばかり、ファンを困惑させたというネットニュースもあったっけ。
齢をとると、好きにやりたくなるんですかね。
それも含めてファンは受容しなきゃいけない。いや、「しなきゃいけない」とマストになっていてはダメで、喜んでそれを受け止めて見守る、くらい好きでないとね。

それはそうと、気になるネットニュース記事を見かけました。
アーティストは地方公演だから手を抜いた、という内容です。

これは違うでしょ。
アーティストはむしろ地方公演のほうが、ボルテージも上がり、サービス旺盛になります。
お気に入りのアーティストを東京以外の地方でも観に行って、そのついでに旅行も楽しむことを何回もやっている身として、それは強く主張したい。

ライブ会場においては大型ホールが多く、地方からも人が集まる東京が、どうしても中央集権的になるのは理解できます。
ややコンパクトな会場もある地方でツアー公演すること自体が、そう多くないゆえ、アーティストはパフォーマンスに力が入るのです。
これは演劇の旅公演もそう。

アーティスト(出演者)は常に一定であると否定するでしょうけど、内容面ではなく、熱の問題です。
力の入れ具合というのは観客に伝わってしまうもので、これは会場で体感した人でないと分からない。
客をバカにしないほうがいいです、世のアーティストさんは。
うまくすれば永続的なファンが獲得できるかもしれない千載一遇のチャンスで、たまたま調子が悪いってことはあるでしょうけど、そうではなく「意図的に手を抜く」なんてことをしたら、生命線にかかわりまっせ。

さだまさしさんも、あるラジオ番組で「疲れるからコンサートの半分くらいはずっと喋ってる」みたいなことを話していたけど、この辺はアーティスト次第なんですよね。
上記の某アーティストはいきなり構成を変えたんだから、そら物議を醸すよな、と。
そういうキャラ設定に徐々に軸足を移していけばよかったんだろうけど。
なんにせよ、ファンというのは試されるもんだね。

この記事を書いた人

hiroki「酒と共感の日々」

hiroki

Webの中の人|ウイスキー文化研究所(JWRC)認定ウイスキーエキスパート|SMWS会員|訪問したBAR国内外合わせて200軒超|会員制ドリンクアプリ「HIDEOUT CLUB」でBAR訪問記連載(2018年)|ひとり歩き|健全な酒活|ブログは不定期更新2,000記事超(2022年11月現在)|ストレングスファインダーTOP5:共感性・原点思考・慎重さ・調和性・公平性