2009年の日本初演、2014年の再演以来9年ぶりの公演となる『海をゆく者 The SEAFARER』(コナー・マクファーソン作、小田島恒志訳、栗山民也演出)を観てきました(2023年12月10日13時、12月23日18時)。
いざこざ、不運、自分ではどうしようもできない環境それらをかろうじて受け入れつつ、希望を見い出す男の物語。
登場人物全員アル中、口角泡を飛ばし合う台詞劇。
キャストの5人はすべて男性、うち4人が70歳代ですが実年齢70歳代ですが、この芝居においてはそれがむしろ自然です。
あらすじ
アイルランド・ダブリン北部の海沿いの街にある一軒家に、シャーキー(平田満)と兄のリチャード(高橋克実)が暮らしている。
二人の共通の友人アイヴァン(浅野和之)は昨晩飲み過ぎたせいで帰れなくなり、近くで泊まったとか。
ほどなく友人のニッキー(大谷亮介)が、パブで意気投合したというロックハート(小日向文世)を連れてイブの挨拶にやってきた。
ロックハートはクリスマスには欠かせないと、ポーカーを持ちかける。
長い勝負の夜が始まった。
飲んだくれの荒んだ生活の中に溢れるファンタジー味
ロックハートの正体は悪魔というのが肝。
1幕後半、フェドラハットにチェスターコートで登場する一見紳士なロックハートですが、劇中では招かれざる客人。
ニッキーとともに名だたるパブを梯子して飲んだ後らしく、千鳥足で登場します。
実はシャーキーとも面識があり、彼との「ある約束」を果たすために家を訪ねてきたというストーリー。
1幕の後半、Mr.ロックハートが現れたところから、一転して緊張を伴うサスペンスフルな展開に。
もちろんロックハートは表向き人間の姿ですが、悪魔であることは会話の端々や、周りの人が感じる異変から判ります。
キリスト教の国ではマナー違反とされる左手で握手しようとしたり、右手に変えた手を握ったアイヴァンが(おそらくは、あまりの手の冷たさに)思わず自分の掌を見る場面。
手指を駆使したり口を大きく開けたりして、相手の言動を操る仕草は、ちょっと不気味でもあります。
善悪も、カリスマも凡人も、小日向さんはどんな役でも自分のものにしてしまいます。
演技巧者の5人にあって、この世のものでない悪魔の役をこなせるのもまた、小日向さん唯一でしょう。
真の主役はシャーキー
この舞台の真の主役は、平田満さん演ずるシャーキーです。
別居中の妻はニッキーと昵懇の仲で、自分はアルコール依存症のため禁酒中。
雇われ運転手の仕事はしていない様子で、現在は無職。
同居する兄リチャードは目が不自由で、トイレも一人で行けない。
朝っぱらから「アイリッシュコーヒーが飲みたい。コーヒーがない? ならアイリッシュで」とのたまうリチャードとは、しょっちゅうケンカばかり。
ひとたびアルコールを飲ませたら豹変し、パブというパブを出禁になった酒乱とケンカっ早さを露呈させます。
そして過去の非道。
やりきれない鬱屈した日々を過ごしているのだけど、実は心根がすごく優しい。
ケンカ中の兄貴ですら朝食の世話を焼くし、嫌っているニッキーでさえ去り際に気遣う発言をする。
最低限の言葉と演出、照明の素晴らしさ
物語の終幕、このシャーキーに「良いことが起こるか」というとそんなことはなく(かろうじて悪魔に地獄に導かれることは逃れたものの)、状況は全然好転していない。
けれども、兄リチャードからの思いがけないプレゼント、弟にかける愛ある台詞、贈られたCD。
そしてシャーキーと聖心画に差し込む朝の光に、希望が見いだすことができます。
聖心画の下で点いたり消えたりしていた粗末な灯りが、最後はずっと灯っていることにも注目。これはシャーキーの心模様と今の状況を表現しているのでしょう。
重要な小道具「パワーズ」「ポーカー」
ウイスキー、とりわけアイリッシュウイスキーを知る人にも本作はニヤリとする場面がたくさん。
「パワーズ」が重要なモチーフとして使われます。
長靴の中に瓶を隠し入れてこっそり飲む、マグカップで飲む、自家蒸留という怪しげな液体を飲む。
もちろん全部ストレートで、氷なんか入れません。
飲む演技、何かをつまんで食べる演技……。想像力ある人なら酒くささが伝わってくるはず。
役者が最も稽古したというポーカーの場面も素晴らしい。
10日のマチネ、最前列どセンターで観て、終演後にチラと覗いてみた舞台上、ポーカーハンドが決まった“残骸”を目にしたときはさすがに「おぉー」となりました。
演者について
初演、再演でリチャードを演じた吉田鋼太郎さんから、高橋克実さんにバトンタッチ。
これがビックリするくらい素晴らしい演技で、感情移入できました。
登場人物でおそらく最も台詞量が多く、声を張り上げ、アクションも多いハイカロリーな役どころ。
ですがオーバーにならず、自然に、それでいて弟を静かに思う演技の説得力。
劇場プログラムによると、高橋さんは初演も再演も観劇していたそうで、満を持しての配役ですね。
「眼鏡がない」と探しまくる浅野和之さんの細かな演技、一見ナイスガイだけど脆さと容量良いお調子者キャラを併せ持った大谷亮介さん。
誰一人特筆というわけでなく、うまい人しか舞台上にいない幸せです。
まとめ&おまけ
本作は個人的に初演、再演に続き、3〜4度目の観劇ですが、やっぱり良かった。
スカッとはしない。けれども、ジワジワと温かい余韻が長く続く作品です。
プログラムに寄せたコメントで、残念ながら浅野さんは「これが演じ収め」と話しているし、平田さんもラストをほのめかしています。
であればキャストを一部でも変えていいかもしれません。
台詞中心でありながら、内省的で格調高いストレートプレイをもっと見てみたい。
クリスマスの風物詩に……それは無理でもロングランでかけてほしい。
来年1月は旅公演(新潟、豊橋、岡山、福岡、広島、大阪)もあるので、まだの方はぜひ。
いつかクリスマスその日に観てみたいな。
最後にかかる曲はジョン・マーティン「スウィート・リトル・ミステリー」(John Martyn「Sweet Little Mystery」)。
1980年のアルバム『Grace & Danger』に収録されている曲で、いわば失恋ソング。
スコットランド人で、英国では知られたシンガーソングライターだそうですが、このジョン・マーティン自身もアルコール依存症で両足切断の末、2009年に亡くなっています。
また、会場では本作の戯曲を収めた書籍『悲劇喜劇』が売られています!
今回最もうれしいサプライズで、早川書房の担当編集者さん、よくぞ見つけてくださったという感じ。
これを読むのが楽しみ。
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