多感な10代のころに目を通したものの、今ひとつピンと来なかった文学作品はけっこうありまして。
坂口安吾(1906-1955)はその後何度か読んだのですが、齢50を過ぎた今、最も胸に迫る読後です。
快楽主義でありつつも、その背後には厭世観が横たわっている身として、安吾の作品に少なからず救われています。
『ちくま日本文学全集「坂口安吾」』をひと通り読んで、感慨新た。
『風博士』『白痴』『桜の森の満開の下』などの小説、『日本文化私観』『堕落論』といったエッセーなど計14編を収めた全集です。
『堕落論』に打たれる
生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な道が有りうるだろうか。
『堕落論』(1946年4月)は安吾の代表作のひとつであり、昭和を代表するエッセー(というと軽いなぁ、「随筆」のほうがしっくりくる)です。
幾多の文学論や研究で語り尽くされていますが、痛烈なまでに「息苦しさからの解放」を説いた著作は類がないからじゃないかな。
『忠臣蔵』の四十七士の処刑に、美しい物は美しいままで終わらせたいという信条の表れを説き。
この戦争(太平洋戦争)をやった者は歴史の意志であり、日本は歴史の前では従順な子どもだったとし。
日本の政治家たちはその隆盛を確実にする手段として、天皇制を利用したにすぎない、と看破する。
そんな「立派なもの」にかしずくから、人間はおかしくなる。
堕落することによってしか人間は救えない――この言い切りがなぜこんなに響くのか。
人の生きざま、死にざまの本質を突いているからだろうな。
一方で人間は「堕ちぬくためには弱すぎる」とも。
体裁や外面や虚飾、こんなものに振り回されていないと誰が言えるんですかね。
この作品が書かれてから、まもなく80年。
誰もが不満で、不安を抱えている今、予言めいているどころか、この開き直りこそ必要と感じたほどです。
今後死ぬまであまたの文豪の作品を振り返り、初読&再読し、触れていくことでしょう。
そのなかでも安吾の残した足跡は、常に足許を照らすように自分を導いてくれる気がします。
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