かつて「海外旅行に行く前に、まずは自分の国を知ることが先決だろ」とうそぶいたものですが、それは半分本音でもありました。
英語を喋れたところで、自国のルーツや歴史を相手に説明できずじゃ話にならんだろ? ってね。
……というのは虚勢で、実際、教科書程度の知識でしか持ち合わせがないわけで。
ならば教科書以上に触れたい、ということで手にとったのが『日本の歴史をよみなおす(全)』(網野善彦著/ちくま学芸文庫/2005年7月10日第一刷)です。
どんな内容か
これまで農業、農村を中心として形成されてきたとされる日本社会像に一石を投じてきた著者が、日本の中世史の素顔に迫る。
続編と合わせて全10章で「文字」「貨幣と商業」「畏怖と賤視」「女性をめぐって」「天皇と『日本』の国号」「日本の社会は農業社会か」「海からみた日本列島」「荘園・公領の世界」「悪党・海賊と商人・金融業者」「日本の社会を考えなおす」というテーマで日本中世の真実に切り込んでいきます。
なぜ手にしたのか? 読後感は?
情報誌記者だった20代のころ、かかわっていた雑誌で網野善彦という人を初めて知ったものの当時はそれきり。
で、ようやく今になって書店で文庫本を目にして購入した次第で(遅すぎ)。
読後感はひとことでいえば「教科書の奥の奥を知ることができる」「日本史のステロタイプに惑わされるな」ということ。
たとえば、冒頭の「文字」の章では清少納言の『枕草子』、紫式部の『源氏物語』のような優れた女流文学が11世紀以降に生まれている謎に言及。
「女性をめぐって」の章で、「女性の社会的地位が低くない時代、男系優位の律令制が中国から入ってきた稀有な条件によって女流文学が輩出した」と、その答えを記述しています。
公的な表の世界では男が前面に出て、女性は排除されますが、その裏で女性の担う役割は大きかった。
平安後期、「非人」と呼ばれる何らかの事情で身寄りのない人や身体障害者は、一般人と同様に「神人・寄人」という地位を与えられており、当事者も誇りを持って仕事に当たっていたこと。乞食をしている人も、この時代には仏の化身とされ、邪険な扱いをすると仏罰が下るとされてきたこと。
その昔は差別というものはなかったのです。でも、時代が変わるにつれ賤視されていく悲しさ、どうしようもなさ。
日本に一神教的な考えが根づかなかった背景にある、室町以降の幕府と天皇家の関係には、日本の極めて特殊な時代状況を考えさせられます。
なによりも百姓はイコール農民などに限定されるものではなく、職人や商人、船を扱う廻船人、さらには金融業者的な側面も持つ人までさまざまだったーーこれには唸りました。
なるほど「百姓」とは本来、「たくさんの姓を持った一般の人民」、つまり「官僚でない普通の人」が本来の意味。
海に囲われ水運も発達した地形・地理的条件を背景に、交易も盛んだった日本は、決してガラパゴスでなかったという論には、いかに教科書的な常識が固定観念となっているかを痛感させられました。
学者でさえ誤るミスリードがなぜ起こったのかは、ぜひ本書で確かめてください。
まとめ
まさに蒙を拓かれる一冊でした。
日本史は得意科目だったし、「日本史好き」を自称していましたが、ちょっと恥ずかしくなるくらい未知なことが多かった。
印象に残っているのは、網野さんが、今は歴史的・文明的にも大きな転換期であり、これを越える過程で天皇が消える条件はそう遠からず生まれるとしていること。
そのときに「日本」という国号自体も再検討されるのも相違なく、若い人にこの問題をどうするかバトンを託すかたちになっています。
過去を知ることで、未来を考える。未来を考える契機として、過去をひもとく。
その行ったり来たりをするに最適な一冊です。
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