「これやこの行くも帰るも別れては しるもしらぬも逢坂の関」(蝉丸)
百人一首にも所収の、人と人との出会いと別れをうたった和歌に由来する『サンキュータツオ随筆集 これやこの』(角川書店)は、日本初の学者芸人としてマルチに活躍するサンキュータツオさんによるエッセイ。
水道橋博士のメルマガ連載を単行本化し、表題作「これやこの」をはじめ全17編で、著者がかかわってきた親類や友人・知人などとの会者定離を描いています。
2023年8月に上梓された文庫では、さらに3編が加筆されているそうです。
「これやこの」内容と感想
表題作は人気落語会『渋谷らくご』のスタート(2014年11月)からキュレーターを務める著者が、会の草創期を引っ張ってきた柳家喜多八、立川左談次との思い出を綴る書き下ろし作。
落語会としては型破りで挑戦的な「初心者向け」を打ち出したリスクや苦労とともに、そうしたチャレンジに乗ってきたふたりの師匠の楽屋風景を振り返っています。
タツオさんとふたりのコミュニケーションは最低限。あくまで著者は黒子に徹し、楽屋での師匠方同士のやり取りや高座での至芸を、まるでドキュメントのように綴っています。
喜多八さん、左談次さんともにがんに襲われ、会を追うごとに、誰が見ても体調・体つきの異変がわかるように。
病魔に侵されながらも、いや侵されたがゆえに、高座は爆笑を呼ぶ。爆笑に包まれている鬼気迫る芸を、タツオさんは子細に再現しています。
落語もCDや配信等で触れることが珍しくなくなった現在、表題作「これやこの」は、記録メディアに残らないライブの魅力と、クローズドの空間でしか味わえない緊張と緩和、その尊さを淡々切々の筆致で味わわせてくれます。
そのほか16作も著者のパーソナルな交流に由来しますが、個人間の交流譚がこんなに響くのは、それら周りの人がすべて亡くなってしまったという諸行無常があるから。
個人的には、著者のように周りの死に多く直面するほどの交友関係はないので、読みながら「タツオさんはエネルギーをよく消耗しないなぁ」と妙に感心。
ですが、ぼく自身は関係性を自ら切ってきた面が多分にあるので、かかわってきた人の死を知らないだけってのもあるのでしょう。
なぜ読んだのか?
サンキュータツオさんは、漫才師「米粒写経」として鈴本演芸場で見たのが最初。オトボケな人という印象でしたが、ラジオのレギュラー出演や著書多数、大学で講師も務める才人と後で知りました。
それで手に取ったわけですが、読んでみて「人間の機微の味わい」を感じさせられるなぁと。
交流譚には特に親しい関係ではなく、つかず離れずでかかわった人との回想も。
サンキュータツオという人は、パーソナルスペースの開け方や距離感が自然に備わっていて、特に好奇心旺盛でもないのに記憶力が抜群。
ぼくのように人嫌いな人間からすると、タツオさんはズルい天性だなと。ちょっとやそっとのスキルでどうなるものではないからね。
本書はある意味とりとめもないエピソードの積み重ねですが、読み手にスッと入ってくるのは、交流の深い浅いにかかわらずに似たような経験がどこかにあったからなのかもしれません。
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