青森県立美術館で開催されていた『鴻池朋子展 メディシン・インフラ』(2024年7月13日~同年9月29日)、着想の宝庫のような展示を楽しみました。
旅で出会った人のエピソードをテーブルランナーで表したり、戦争にまつわる詩からインスピレーションを受けてベッドカバーを制作したりと、鑑賞者の脳を前向きに起動させるような試みです。
唯一残念だったのは、「車椅子アレコバレエ」という企画の意図が理解できなかったこと。
同館のアレコホールは、バレエ公演『アレコ』の舞台美術を手がけたマルク・シャガールの背景画全4作が展示されています。今回、アルコホールの広大なフロアの真ん中に20台以上の車椅子を置き、鑑賞者はそれに乗って作品を鑑賞できる趣向だそうですが、最初意味がわかりませんでした。
無造作に置かれた車椅子に「こんなに多く身体の不自由な人が来るのか」と不思議に感じたくらいで、失礼を承知で言えば正直『アレコ』鑑賞の妨げでした(実際に障害がある人が使っているなら話は別です)。
美術館側の試みかと思いきや、この車椅子群が鴻池さんのインスタレーションだったのです。企画に際し、全国の美術館から車椅子を借り受けたそう。これもまた驚きで、依頼された美術館側もよく応じたものです。車椅子の本来の使用目的から逸脱しているし、提供した側の美術館は代わりとなる車椅子をどうやって調達したのかな。
企画展では、鴻池さんが全国の美術館に車椅子の貸し出し願いを行ったときの手紙も展示されています。鴻池さんが自らの個展で車椅子に乗った体験がベースになっているそう。
手紙には『アレコ』の舞台背景画のひとつに描かれた、下半身が車輪になって空を駆ける白馬の絵から着想した経緯が記されています。以下引用。
青森県立美術館で初めてその絵を拝見した際に、その不自由な形をした馬を見て、あ、この馬は車椅子だと思いました。そして不意に、観客が車椅子に乗ってそこでバレエを踊るようなことを想像しました。バレエのトウシューズも車椅子のようなものだなと思いました。そして、自分一人では掴めなかった美術と身体との関係というものが、多くの観客に車椅子に乗ってもらうことで何か接近できるかもしれない、そんな根拠のないタフな直感がよぎって、このプロジェクトをやってみたいと思ったのでした。
ふむふむ。一読し、やはりアーティストの頭の中はユニークだなと。
ただ、それはアーティストである鴻池さん自身の考えであり、鑑賞者が強制されるものではありません。
もちろん今回の趣向は「車椅子に乗りたい人が乗って作品鑑賞する(ということも知らんかったけど)」のであって、強制されてはいません。車椅子という新たな視点から見ることで、鑑賞者はこれまでに体験し得なかった発見を得られるかもしれない。うん、頭では理解できます。
が、それ自体が作品鑑賞の異物、ノイズとなる恐れはありませんか? 個人的に今回がまさにそうでした。
この企画を鴻池さんご自身の作品でやる分には全然問題ない。けれどもシャガールを普通に、純粋に観たい人には、ある意味「余計なお世話」的になりやしないだろうか。
これはまた提案でもあるのですが、実際に車椅子を利用中の身体の不自由な人に対しても同様のことを行ってみたらどうでしょう。たとえば「立って(健常者の当たり前である、立ったような視点から)見ていただけるようにする」とかね。
美術館を訪れる人が圧倒的多数である健常者を前提にしているのが、なんかフェアじゃないんだよな。この風景を実際に車椅子を日常利用している人が見たらどう感じるのか、ちょっと知りたいところでもあります。
鑑賞客の手前、アレコホールの様子は撮りませんでした。興味ある方は下記リンクを参照ください。
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#2024年の青森県の旅(3)