教養を前面に出すことなく、でも教養があればもっと楽しむことができ、皮肉っぽく、ブラックジョーク的な味わいがあるのが英国製コメディの妙味でしょうか。
「ジーヴス」シリーズの1作である『比類なきジーヴス』(P・G・ウッドハウス著 森村たまき訳 / 国書刊行会)は、そんな興趣が凝縮された英国のユーモア小説です。
しょーもない、けれども登場人物たちにとっては抜き差しならないエピソードが連作短編で綴られます。
物語の主人公バーティーは見るからにノンシャランとした貴族で、彼の身辺で起きるちょっとした事件を執事のジーヴスが解決していく筋書き。
異常ともいえる惚れっぽさで出会った女性にアタックしては玉砕する友人ビンゴ、バーティーの生活態度や交際相手などに脅迫まがいで口出しするアガサ伯母さんなど、強烈なキャラクターがバーティーを振り回します。
そんな彼を脇で支えるのがジーヴスです。
確かに、大抵の人は執事にはズボンの折り目をつけさせるだけで、家事全般を取り仕切らせることはない。しかしジーヴスはちがうのだ。うちに来た最初の日から、僕は彼のことを一種の先導者、哲学者、そして友人と見なしている。
P・G・ウッドハウス著 森村たまき訳『比類なきジーヴス』(国書刊行会)P.6
ジーヴスに寄せるバーティーの信頼はあついのですが、ジーヴスはそれに全力で応えるよりもむしろ普段は控えめでトボけてすらいます。
でもいざとならば、あるときは的確な助言や言動でバーティーの窮地を救ったり、またあるときはバーティーが予想だにしない機転で良い方向に導いたり、かと思えば冷たく突き放したりと、切れ者ぶりを発揮します。
こなれた表現に酔う
ニヤリとするだけでなく、声を出して笑ってしまう場面もあるのですが、最も巧いと感じたのはその洒脱な文章表現、翻訳表現です。
ジーヴスの慇懃な返しの一種「そう伺って深甚に存じます、ご主人様」、ジーヴスを称えるバーティーの「その脳みそだけで、君は卓越しているぞ。現代の他の偉大な思想家たちだって、君の行進を見物するだけの群衆に過ぎない」といったやり取り。
グッドウッド競馬場の場面で、馬のオーナーでもあるビンゴの伯父に対し「優勝なんてとんでもない。奴はとてつもなく遅かったんでもう少しで次のレースの1位に来るところだったんですよ」、フラれた相手の名前を口にしてきたバーティーに対し、ビンゴが「その名を口にするのはやめてくれないか。俺は大理石でできてるわけじゃないんだ」
とまぁ、引用の範囲を超えてしまうのでこれくらいに留めますが、とにかくウイットに富んだ台詞の連発なのです。
これらは身につけたくても身につけられるものでなく、環境と育ちに由来するものなんだろうなぁ。
上流階級の日常を想像す
主人公や周辺人物が見舞われるピンチは、ひとつひとつを見ると生命や財産の危機を脅かすものではなく、それどころか取るに足らないものばかり。
ゆえに、英国貴族の日常の彩りってやつに読みながら半ば呆れるほどでした。
上皇后美智子さまが本作のファンとか、あのオーウェルがウッドハウスを褒め称えたとか、作品や作家を巡る小話にも事欠きません。
読めば読むほどクセになりそうで、ワシはといえばウイスキーをチビチビやりながら、1章ずつ読み進めたのでした。
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