どれほどワクワクや笑いを提供してくれるタイトルかと思いきや「手紙の書き方」についての本だったとは。
『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』(遠藤周作/新潮文庫/2006年・海竜社より初版)は、1960年に書かれたと思われる未発表原稿によるもの。
内容はひとことで「心に残る手紙の秘訣の伝授」です。
「どうしたら筆不精が治るのか」に始まり、告白文・デートへの誘い文句・病人への見舞い状・お悔やみ状・断り文句・先輩や知人に送る文面まで、多方面にわたってアドバイスします。
「ちょっとしたこと」で受け取る側の印象が変わる
本書を開けばテクニックが授けられるわけではありません。遠藤周作さんの場合、小手先のテクニックでも微に入り細を穿つ助言でもなく、ほんの少しに気遣うだけで文章力が磨かれることを諭してくれます。
手紙を書くときは「○○○の○になって」(わかりますよね?)とか、見舞い状では表現を具体的にするとか、「ようなゲーム」で文章力は鍛えられるとか、誰でも簡単にできる試みが随所に記されています。
たとえば病床にある人の心を打つには
「元通りの体になられるよう希望する」こんな、誰にでも通用する言葉の代りに、
「君のピチピチした顔を一日も早く見たいものだ」
これで結構なのです。
遠藤周作著『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』(新潮文庫)P.84
「ようなゲーム」では手垢のついた表現を禁じ、たとえば「爺さんの頭は[ ]のように光っていた」の[ ]にどんな言葉を入れるかというもので、ここで[やかん]や[ダイヤ]のような表現を当てはめるのはNG。
このゲームのルールは
(一)普通、誰にも使われている慣用句は使用せず
(二)しかもその名詞にピタリとくるような言葉を探してみて下さいというわけです。
遠藤周作著『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』(新潮文庫)P.49
本書は手紙のアドバイスですので、時代がかっているフシは確かにあるものの、内実は令和も昭和も変わらないと気づかされます。
取引先とのビジネスレターでも上司や部下などの組織内コミュニケーションでも、いかに紋切り型のやり取りをしていることか。
なぜ手に取ったのか? 読後感は?
ブックオフで遠藤さんの著作を漁っていたのですが、その中で軽く読めそうな厚さだったのでつい購入。
個人的に舌を巻いたのは終章「手紙を書く時の文章について、大切な一寸したこと」で著者が短文法の効果について触れた点です。
著者は英仏語と異なり、主語の後に動詞が来ずに補足語が入る非論理的な日本語の欠陥に切り込みます。
そのうえで友人の無心をやんわり断るような婉曲にものを言う必要のある手紙以外は短文法を推奨するのです。
短文法とは「ので」「から」「ゆえに」「のときに」のような接続詞や補足後を極力省き、原稿用紙3行程度に内容を収めること。
これらはまさに現在における「メールでの用件のみのやり取り」や「結論から述べよ」といったビジネス文書のいろはに通じるものです。
本章で例に挙げられた女子中高生の短文ならぬ「点文」は、目下SNSでスタンダードであり、遠藤先生が世に飛び交う点文を見たらどうなんでしょう。
仰天するか、大笑いするか、ダメと断じるか。
まとめ
全編うなずいたりニヤッとしたりしながら、いかに普段のコミュニケーションを適当にこなしているかを痛感。
「ちょっとした気遣い」したくても、ちょっとしたに時間を割かれるのがオチで、結局は通俗的な往復になってしまう。
本書に書かれているようなことをのべつできる人こそ、ピラミッドの上なんじゃないかな。
手紙術を軽妙なエッセイの書き味で巧妙にオブラートに包みながら、その実、コミュニケーションの本質を説いたものでした。
ここに本書の、遠藤周作の真髄を垣間見た感。狐狸庵閑話ですな。
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