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【小説】遠藤周作『沈黙』:信仰は真に救いとなるのか

遠藤周作『沈黙』

禁教だけでも相当な仕打ちですが、拷問の非人道は人のもつ残虐性を露にするひとつ。
しかし最も怖いのは、普段は犯罪を起こしたり暴力に加担したりしない善良な一市民が国家に協力して相互監視し、密告するような社会です。

遠藤周作『沈黙』(新潮文庫/新潮社より1966年初版)に出てくるキリシタン弾圧は、ナチス政権を彷彿させるような人間性の破壊そのものが描かれています。
隣人の怪しい動きを密告させるためすべての家は塀や垣根を作ることを禁じられ、司祭や修道士の居場所を届ければ銀200~300枚が報奨金として与えられる。
キリスト教が広がったのは、藩による苛烈な年貢の取り立てに疲弊しきった農民が、自分たちを人間として扱ってくれる人に出会い、その教えの優しさに心打たれたから。
踏み絵や密告、拷問が信者にとって背教の痛みと肉体の痛み=心身両方の責め苦となるのは自明で、当時の幕藩の所業は人間を人間として成立させている基盤そのものの破壊です。

本作は島原の乱(1637-1638)が鎮圧された直後の長崎が舞台。
3人の司祭がキリシタン取り締まりの厳しい当地に潜入するものの、日本人信徒の裏切りで捕らえられ、やむを得ず棄教に至る物語です。
囚われの身になった主人公の司祭ロドリゴは、あるときは牢の暗闇で告解を捧げながら、あるときは夢の中で祈りを捧げながら「主よ」と救いを求めます。
しかし何度祈りを唱えようと、主は答えない。ただ黙るのみ。
最後の最後、穴吊りの拷問にかけられる農民たちを救う術として背教を迫られる司祭。人ってここまで残酷になれるものか。

そんな狡猾なやり口であまたの信徒や司祭を棄教させてきたのは、当地奉行の井上筑後守。
形だけ、そっと足を乗せるだけでいいと“悪魔の囁き”で踏み絵を迫り、キリスト教布教を「醜女の深情け」と切り捨て、「根が断たれれば茎も葉も腐るが道理」と勝ち誇る。
司祭に敬意を払いつつ、緩急つけて棄教に追い込んでいくこの人物は影の主役といえるような存在です。

やり場のない読後感。再読ながら、こんな重苦しい救いのない物語だったっけと深いため息と余韻にしばしとらわれたのでした。
最近では一部の宗教で金だのカルトだのとロクな話を聞きませんが、本来宗教とは本作のような純真なもののはず。
真っ黒な歴史を小説化し、宗教のもつ清らかさにおいて真っ白に描かず、司祭も信者も、弾圧する側でさえも葛藤の連続でグレーに描いた。
そこが本作に深みをもたらしています。

日米欧の錚々たるキャストで映画化したスコセッシもすごいね。井上役がイッセー尾形ってだけでも慧眼だわ。

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