登山家マロリーの「そこにエベレストがあるからだ」という名言を引くまでもなく、人に物事に打ち込む理由を聞くのは野暮でもあります。
が、岩井澤健治監督の映画『ひゃくえむ。』(2025年ボニーキャニオン、アスミック・エース)は、本作の登場人物に「なぜ走るのか」を正面から問います。
その答えは何かに打ち込む人には間違いなく響くはずです。
『ひゃくえむ。』あらすじ
タイトルは陸上の100m走から。魚豊(うおと)さんによる漫画原作を映画化したもの。
「たいていのことは100mを誰よりも速く走れば全部解決する」と豪語する小学6年生のトガシは、転校生の小宮と親しくなる。
小宮は辛い現実を忘れるため、酸欠で倒れ込むほどの走り込みを放課後のルーティンにしていた。
トガシの教えを受けてメキメキと速く走れるようになった小宮だが、突如転校してしまう。
トガシは紆余曲折の末なんとか100m走を続けていたが、社会人選手となった彼の前に屈指のトップランナーとなった小宮が現れる。
熱すぎず、かといって平板でもなく
江里口匡史さんや朝原宣治さんをモデルにその走法をトレースする「ロトスコープ」技術は、映画版『THE FIRST SLUM DUNK』を想起させるものが。
でも個人的には栄光と挫折、妥協という悪魔の囁きに傾きながらも立ち上がる心根を描いた脚本に惹かれました。
そう、打ち込むことに理由なんかない。
人それぞれ打ち込みたいことがあるから無我夢中になるんです。でしょ?
その答えを終盤にトガシがサラッと言う場面がもうグッと来すぎてジンジンきました。
お前は今、真剣に生きてる? そんなふうに正面切って聞いてきます。
全然関係ないけど、ブロードウェイミュージカル『コーラスライン』もまさにこれ。観るたびに己の生を突きつけられるのです。
ラジオ番組で推す声など断片的に評判を聞いており、公開から3か月近く経ってようやく行けたのですが、予想以上の素晴らしさ。
爽快感ではなくジワジワくる鑑賞後。
エンドクレジットでかかるOfficial髭男dismのテーマ曲「らしさ」の高揚ダメ押しもたまらん。
スポ根ものが苦手でアニメにも疎い人間ですが、本作はスポ根ではないしジャンルで括るのは狭苦しい見方でしかありませんね。
もっといろいろ観よう。
2025年12月5日 kino cinema新宿 theater 1

