ある劇作家が「自分の知らない世界に触れたほうがいい」と話していたのですが、これを実践するのは意外とむつかしい。
誰かに勧められたもの、誰かが勧めていたものをそのまま摂取してみることがその第一歩。
でもそれですら守備範囲に入ってしまうのですよ。だって見聞することは潜在顕在にかかわらず結局自分が関心のあるものだから。
しかし、スペイン気鋭の演出家マルコス・モラウ(アイキャッチ写真左)が三島由紀夫の『金閣寺』を舞台化した作品は、まさに「知らない世界」を体感させてくれました。
文楽と歌舞伎とダンスと歌唱が混じり合う異種格闘技戦……もとい、なんとも幸福な融合だったのです。
『金閣寺』は日本で映画化されていますが、テーマのひとつである「美と滅び」を世界として可視化した答えがこうした複数の舞台芸術のミックスだったのでしょう。
映画とか演劇とかの枠では収まりきらない。
舞台は2幕。1,200人超のオーディションで選ばれた精鋭ダンサー7人による絶え間ない動作はバレエともコンテンポラリーともいえない特有の舞踊で、振付家としてのマルコスの美が表れた形。
要所で登場する吉田玉助の人形と中村壱太郎の歌舞伎はさしづめ「美と滅び」の概念を、STARTO ENTERTAINMENTのアイドル末永光は溝口の葛藤を抜群の身体能力で見せます。
これに竹本連中の浄瑠璃とバルセロナの歌姫マリア・アルナルのソプラノが加わり、かつてないアバンギャルドな世界が繰り広げられました。
スペインの舞台芸術家が三島の世界に出した答え
マルコスさんはパリ・オペラ座やアヴィニョン演劇祭などで公演を打ち、高評価を得ているとのこと。
文楽との出会いは衝撃的だったらしく、人形と人形遣いの関係性が「美と滅び」を表すうえでの重要なファクターになったことは想像に難くありません。
本作には美術や装置はあるのですが、金閣寺のセットも炎も出てきません。
カタチなくして可視化したこともまたマルコス演出の美意識の表れといえます。
原作に触れていると、文楽人形や歌舞伎や竹本連中の語りなど演者たちのアクションそれぞれに文脈を紐づけてしまいそうになるのだけど、観終わった後でそんなことは無意味と悟らせるものがありました。
何を隠そう、本作鑑賞のために慌てて三島の『金閣寺』を初読したのですが、あの読後感を視覚化するとこうなるのかと妙に納得。
6日間全10回のわずかな公演数も、溝口が見た金閣寺の炎と煙と消失という幻のような儚さを提示するにはベストだったのかもしれません。
ちょっともったいない気がするけど。
2026年9月5日18時公演 @東京芸術劇場プレイハウス
