柿澤勇人さん&吉田鋼太郎さん共演の芝居『スルース~探偵~』を観てきました。
公演も明日で終わりなので、ネタバレで書いちゃいます。
才気でハンサムな間男と老獪な推理作家の駆け引きを描くミステリー。
イタリア系でハンサムだが貧乏な間男マイロ(柿澤)に、金のある推理作家アンドリュー(吉田)は偽装窃盗を持ちかけ、盗んだ宝石を手に妻と一緒になれ、私は保険で得た金で愛人と暮らすつもりと言う。
マイロがその提案に乗るも、豹変したアンドリューに銃殺される——までが一幕。
実はアンドリューの銃は空砲で、屈辱的なゲームに傷心したマイロが老刑事に化け、彼を追い詰めていくのが二幕。
途中で変装を解いて正体を明かしたマイロは、アンドリューの性的不能や、古くさい小説世界をバカにして去っていこうとする。
アンドリューはついに実弾の入った銃をマイロに撃つ。
——その直後、パトカーのサイレンが遠くから聴こえてきた。
若者は自分の命と引き換えに、プライドとジェラシーを隠す小説家を破滅させ、復讐を遂げたという物語。
なんとも閉口する話ではありますが、これが2度も映画になり、演劇として繰り返し上演(権利は劇団四季が所有!)されているのは意外な感じもします。
相手をディスるときは、自分が刺される覚悟で行けという教訓でしょうか。
若さだけでは立ち向かえない、自分がかなりの深傷を負う覚悟がなければ立ち向かってはいけない。
男のジェラシーって怖いし、それが老人ともなれば醜さが付加されます。
1972年にローレンス・オリヴィエとマイケル・ケインで、さらに2007年にマイケル・ケインとジュード・ロウの共演によって映画化されています。
たしか公開当時、劇場に観に行った記憶はあるのですが、冒頭でマイケル・ケインがジュード・ロウを迎え入れるシーンしか覚えていない……。
それはストーリーの後味の悪さと、アンソニー・シェーファーという人の創作戯曲に、今ひとつ乗れなかったせいかもしれません。
だいたい、自分が寝取った女の旦那にオメオメ会いに行かないだろうし、仮に会ったとしても相手の旦那の提案なんか怖くて受けられませんって。
自分を貶めた作家に対し、手の込んだ仕返しをできるほど冴えた青年が、怪しさ満点の罠に乗っかるかなぁ、と。
それにまんまと乗ってしまうのが、恋に盲目な人間の愚かさであるとも言えるんですけどね。
観たのは前楽の1月23日(土)18時の公演回。
柿澤さんが舞台上での衣装替えでブリーフ一丁になったり、特殊メイクのような変装をしたりで、ファンにはたまらないサービス。
演出も手掛けた吉田さんのアイデアだったのでしょうか。
前楽ゆえ、終演後は吉田さんと柿澤さんからカーテンコールで挨拶が。
「いつ中止になってもおかしくなかった」「いつも今日が最後だと思ってやってきた」と心底ホッとした様子で話していて、その緊張感たるや如何ばかりか。
このあとは新潟、仙台、愛知で旅公演をするようですので、まだの方はぜひ。
しかし、この作品にはなぜ「探偵」なる副題が付けられているんでしょ?
いまだにわからん、どなたか教えてください。