NHKで多数の名作(であり、新機軸の番組)を手がけてきた演出家・吉田直哉さん(1931年〜2008年)の功績をたどる展覧会『吉田直哉 映像とはなんだろうか テレビ番組開拓者の思索と実践』に行ってきました。東京・小平市の武蔵野美大美術館で12月22日まで開かれています(入場無料)。
映画やテレビ番組でよく「斬新な演出」とか「本邦初公開」とか、そんな枕詞で宣伝される映像があります。それは本当に新しいのか。もし映像分野の作り手にもパイオニアとかイノベーターという表現ができるなら、吉田直哉その人がそうでしょう。
今では当たり前となったテレビ界の演出手法に先鞭をつけたのは、ほかでもないこの吉田さんですから。ざっと挙げるだけでも
・初の海外取材=『明治百年』(1968年)
・初のドキュメンタリードラマ=『国境のない伝記 クーデンホーフ家の人びと』(1973年)
・初のCGによるキャスター起用=『21世紀は警告する』(1984年〜1985年)
・初のテレビ局PR番組=『受話器の向こうのNHK 放送センター24時間の記録』(1980年)
・テレビ番組制作と小説創作の同時進行『ミツコ 二つの世紀末』(1987年)
などなど。初めてづくしが枚挙にいとまなし、なのです。
展覧会の第1章「著作とともに観る吉田直哉番組史」では、吉田さんが作ってきた数々の番組を、その著作と併せて紹介。映像や音声のハイライトで見せてくれます。写真が撮れませんでしたが、展示はモニター画面ごとに椅子が据えられ、混んでなければ座って視聴できます。
第2章「吉田直哉の映像構成方法《層構造のモンタージュ》」では吉田さんの映像の何が先駆で、何が普遍的なのかを資料と映像で紹介します。
展示はこのほか吉田さんのご自宅にも保管されていた台本や書籍、メモ等の貴重な資料がずらり。
15時30分ごろから見学したのですが、第2章以降はほとんど駆け足になってしまい、クローズの18時までに時間が足りませんでした。
映像の力ってすごいですね。見られるのは「中略」というテロップで暗転されるハイライト(どの作品も10分も満たない)ばかりなのに、ついつい画面にかじりついてしまう。無料だからと正直甘く見てましたが、これから足を運ぶなら最低でも3時間の確保をお勧めします。
吉田さんは武蔵野美術大学初の「映像学科」の教授を務めたくらいですから、大学側として力が入るのは当たり前。恐れ入った次第です。
それにしても。「これは新しい」と思える今のテレビ演出の数々も、だいたいは吉田さんがやってしまっていることを改めて感じます。
さらに今のテレビと決定的に異なるのは、吉田さんの作る映像には格調高さがある点。それは「映像で語る」ことをテーマにしていた吉田さんの意志と、伝えることへの並外れた情熱ゆえでしょう。
ある意味、吉田さんはNHKという巨大組織だからこそ生きたのかもしれません。吉田さんがもし民放入りしていたら、才能と情熱は果たして活かせたでしょうか。
ラジオ番組制作を振り出しに、専務理事待遇ディレクターとして退職するまで、組織を上手に使いこなした演出家として、吉田さんは稀有な存在だったといえます。
退職後フリーではなくムサビ初の映像学科教授となったことからも、NHKのテレビマンとしてのキャリアをまっとうしたからこそでは。
吉田直哉の後継者といえる逸材の登場を、密かに、しかし今か今かと待ってます。