『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』(河出書房新社)という新刊ノンフィクションを読みました。タイトルや本の装幀からして怖い。「死の山」としたほうが文学的だろうに。作為的に名付けたわけではなく、地元住民による呼称だそうです、「死に山」って。
1952年、ロシア(旧ソ連)のウラル山脈で発生した遭難事故。ウラル工科大学の学生登山パーティ9人全員が、テントから1km以上も離れた場所で無残な死に方で発見されたという事件の謎を探る本です。
死体発見時の状況がまず異常。氷点下になる山なのに着衣がほとんどなく、全員が靴を履いていない。うち3人は頭蓋骨折、女性メンバー2人のうちの1人は舌がなくなっている。わずかな着衣からは異常な濃度の放射線が検出される……。
もともとネットで話題になっていて、この事件をたどったウェブサイトもあるほど。著者の米国人ジャーナリスト、ドニー・アイカー氏もネットで知ったうちのひとりだそうです。
この事件に強烈に取りつかれた彼は、子どもを産んだばかりの新妻を米国に残し、現地まで飛んで再三取材を敢行(足で稼ぐという言葉がぴったり)。ロシアでこの事件を語り継いでいる協力者のツテをたどり、遺族や科学者などに入念な聞き取り調査を行っていきます。
浮かび上がるさまざまな説。山の事故として最も想像しやすい雪崩から、放射線事故、外部からの襲撃者によるもの、はては超常現象まで……。
それらのうちのどれかが正解なのか。それとも全く別に原因があるのか。ここでネタバレはしませんが、著者は可能性の低い、根拠に乏しいものから消去法で消していき、真相に迫っていきます。
やがて浮かび上がった結論。終章ではその仮説に基づいて、パーティを襲ったときの様子を想像で再現していきます。どういう感想を持ったのかをここで触れてしまうと、やはりそれがネタバレにつながりかねませんので、あえて触れませんが。しいて言えば『イントゥ・ザ・ワイルド』(2007年、ショーン・ペン監督)という映画を思い出しました。
本は著者による現代の取材の様子と、パーティが出発してから最期に至るまでの道程が交互に記されていきます。パーティのメンバーがフィルムに収めた写真も掲載されていて、仲間との交歓や、途中で出会った人々との交流、風景が映し出されています。
そこにあるのは、何ら今の学生と変わらない素顔。おそらく彼ら彼女らと同年代であれば、誰もがそうするであろう行動を垣間見ることができます。だからその末路を思うと、とても悲しいし、信じがたい。自分たちが冒険の途中で死ぬなどと予想したのは、当然ながら誰一人としていないはずです。
一つ言えるのは、この本はあまたの仮説のなかでも、最も信用に足る決定版ではないかということ。約300ページにもなりますが、僕は休日に1日で読み終えました。ちょっと言葉にならない、なんともやるせない読後感ですが、一読の価値ある力作です。