三遊亭圓丈さんが、1978年の「落語協会分裂騒動」を巻き込まれた当事者の視点で振り返った渾身の作『師匠、御乱心!』(小学館文庫)。一気に読みました。
初版は『御乱心 落語協会分裂と、円生とその弟子たち』というタイトルで、1986年に主婦の友社から出されています。『師匠、御乱心!』は、騒動から40年後の今年、内容の加筆修正を経て文庫化されたものです。
「落語協会分裂騒動」とは落語協会で行われた真打の大量昇進に対し、六代目三遊亭圓生が猛反発。自分の弟子を引き連れて協会を脱退、新団体・落語三遊協会を設立した事件です。「協会分裂」とググると、たくさん出てきます。
当時の会長・五代目柳家小さんと、前会長で最高顧問の圓生との対立。本を読むと、敵がい心を露にしているのは圓生さんのほうで、小さんさんという人は悠然と構えている感じ。圓生さんの弟子である圓丈さんが書いているのだから当たり前ですが。
怨嗟がとぐろを巻いているような圓丈さんの文章。そらそうですよね。真打に上がってやっとこれからと思った矢先に、新団体設立なんて大迷惑でしかない。真打に上がりたてで寄席に出られなかったのは俺くらいだ、と。その怒りと失望いかばかりか。察するに余りあります。
登場人物はすべて実名(いっさい伏字なし)。その迫力だけでも相当ですが、師匠と弟子である自分、周りの弟子たちとのやり取りが、驚くほど克明に描かれています。
それだけ圓丈さんの怒り、心痛が深かったということでしょう。曰く「95%は事実で、残りの4%は細かい言い回しや構成順序のわずかな違い、そして1%はギャグ」と。
ここまで書くかのオンパレードですが、なかでも五代目三遊亭圓楽との冷戦の描写は凄まじい。圓楽さんは圓生から最もかわいがられた弟子で、圓生さんが「圓楽さん」とさんづけで呼ぶほどだったとか。その関係性は読むかぎり、師匠と弟子ではなく、将軍と参謀といったところ。
その圓楽さんが圓丈さんたち弟子を取り込もうと躍起になる姿。そして悲しいかな、圓生さんの弟子たちからは嫌われている。圓楽さんといえば『笑点』の好々爺のイメージしかありませんが、この本では完全に真逆。とんでもなくイヤなやつでしかない。
圓生さんは圓楽さんが絶妙な調整役となって、自分についてくるだろうと思ったのでしょう。でも実際は完全な見込み違いだった。寄席の席亭たちへの根回しが不首尾だったという以前に、弟子たちの本心を読めなかった時点で、どちらに軍配が上がるかは自明でしょう。
それにしても。ほんとうは圓生さんや圓楽さん、あるいは第三者がこの騒動について回顧した著書をちゃんと読んでから感想を書くべきなのでしょう。だって公平じゃないからね。
芸に一途で、年功序列的な大量昇進は問題だという圓生さんの気持ちはわかる。
けれども、です。この本を読んで「圓生さんは素晴らしい」とは、どうしても言えない。どんなに名人だろうと、これほど周りに悪影響を及ぼすことが許されるはずはない。圓生さんの噺、CDや動画でまともに聴けるときがくるのかな。
怒りと悲しみに満ちたノンフィクションでした。