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『世の中ついでに生きてたい』、座談から志ん朝さんの人柄、頭の良さが分かる。

河出文庫「世の中ついでに生きてたい」(古今亭志ん朝)

本格・別格、本物、不朽、原典(原点)。こういうものに弱いというか、こういうものを追求せずにいられない性分です。ハマりだすと、とことん。飽きっぽいんですけどね。まがいものはゴメンだよ。

今の人・物でもそういうの「本物」はたくさんありますが、自分はどちらかといえば、体験を経たうえでクラシックな方向に向かいがち。そこへ行くと落語の世界においては、3代目古今亭志ん朝という人を抜きに語れない。もっとも、志ん朝さんは映像とテープやCDでしか聴いたことがないのですが。

その志ん朝さんの噺ではなく、座談・鼎談・対談をまとめた『世の中ついでに生きてたい』(河出文庫)を読みました。1973年~2001年に週刊誌、月刊誌に収められた記事を集約したものです。

志ん朝さんはあるときはホストとして、またあるときはゲストとして場を盛り上げています。座談の相手は山藤章二、10代目金原亭馬生、結城昌治、池波正太郎、池田弥三郎、18代目中村勘三郎(5代目中村勘九郎時代)、荻野アンナ、江國滋、中村江里子、9代目林家正蔵(林家こぶ平時代)といった方々です。

作家、歌舞伎役者、学者など、日本語に通じている人×志ん朝さんのトーク。だからそれぞれ面白くないわけがない。落語の話はもちろん、父・志ん生をはじめ家族の話から言葉の話、想像力の話、ライフスタイルの話まで、話題は縦横無尽です。あ、協会分裂の話もチラと。

この対談集を読んでいると、志ん朝さんという人は「俺が俺が」ではないんですね。相手に話をさせる、話を合わせる、話を聞くというのができる。相手や時と場合によって、あたし・あたくし・ぼく・おれなどと一人称を使い分けているのも表情豊かで楽しい。

どうしても役者になりたくて(真打になってからも)転向を考えていたこと。英語ではなくドイツ語に秀でていること。「人が段取りしてくれないと何もやらない」怠けモンだということ(これは謙遜半分以上でしょう)。名人という人であっても、ないもねだりというか、羨むような才能と自分が本当にやりたいことのミスマッチはあるんですよね。

「寄席がいちばん好き」という話に安堵し、お客さんと一緒に楽しむというライブな話にうなずき(しかし、落語はたった一人の酔客や、話を聞く気がない客の前では弱いという一面も。「線の内側に入ってきてくれる」という表現)、そしてもうひとつ。

P.106で勘三郎さん(勘九郎さん)も「あれがこのごろの型なのかと思った」と見抜いていた場面。志ん朝さん曰く

(前略)噺に入るまでは一生懸命お愛想を振りまいて、ちょっとした枕をふって、本題に入る。それで噺が終わって、スッと立つ前に、急にその人の素に戻っちゃうんですよ。

「怒ったみたいに帰る人がいる」という勘三郎さんの観察を受け、志ん朝さんは噺家に対して痛烈な一言を放ってます。

最後の最後まで芸人を見る人なんて、ぼくくらいかな。そう思って以前このブログでも書いたのですが、間違ってなかったんだ。

結論。やっぱり志ん朝さんという人は巨星だ。はぁー、一度この人の高座を生で見たかった。

この記事を書いた人

hiroki「酒と共感の日々」

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Webの中の人|ウイスキー文化研究所(JWRC)認定ウイスキーエキスパート|SMWS会員|訪問したBAR国内外合わせて200軒超|会員制ドリンクアプリ「HIDEOUT CLUB」でBAR訪問記連載(2018年)|ひとり歩き|健全な酒活|ブログは不定期更新2,000記事超(2022年11月現在)|ストレングスファインダーTOP5:共感性・原点思考・慎重さ・調和性・公平性