Twitterを開いたら、落語家の鈴々舎馬るこさんがスペースを立ち上げていたので聴いてみました。
トークの内容は「寄席の高座を初めて漫談だけで降りてきた」というもので、自身にとっての新鮮な体験を正味10分くらい話してくれました。
プロの落語家がスペースで話すって、なんだかライブで聴く高座のマクラみたい。
その瞬間に集った人でのみ、こっそり共有できる高座のマクラの面白みに似ているなと。
今はTwitterやブログで簡単に拡散されちゃう時代。
ぼく自身もたまに書くけど、核心には触れないようにしているつもりです。
たまたまそこに居合わせた人=Twitterを開いていて、なおかつ告知が届いた人のみが聴ける。
Instagramのストーリーは24時間残りますが、Twitterのスペースはそのときかぎり。
噺家などプロの伝え手が、独白や楽屋ネタ、耳寄りの話として活用するのは当然いいんだけど。
思うに、Twitterのスペースは「喋りたい素人」が開いてもいいんじゃないかな。
「PodcastやVoicyに行くにはハードルが高い」とか「書くブログは苦手だけど、話すことなら」とか、そんな人がベビーステップとして始めるのにちょうどいい。
結局「恥ずかしさ」と「承認欲求」の狭間なんだよね。
聞いてもらいたいけど羞恥心があって、でも話すからには、それなりの数のリスナーに聞いてもらいたいし。
そういう試行錯誤の場としても活用できるTwitter、今さらながら少し見直しました。