若いころから今に至るまでよく言われるんです、「優しいですよね」と。
優しいのではなく、単純に外ヅラがいいだけなんですよ。
自己主張の激しい人や声高な人に対して、自分が一歩下がる、引く、みたいなことに抵抗がない。
また、「何を言っても無駄」とか「もうどうでもいいや」とか、もはや当方にコミュニケーションのモチベーションがなくなったとき、確かに接し方がソフトになります。
我を通そうとする人、主張が激しい人をよく見かけます。
特に酒場でw
どこか満たされていないんだな、と。
孤独や寂しさ、心の穴を抱えているんだな、と。
ある意味、哀れなんですよね。
気の毒だし、ぼくのように共感性があると「あぁ、本当はつらいんだろうな」といたたまれなくなる。
かといって、そういう人と面と向き合って対峙しても、こっちが無駄に消耗するだけ。
だから自分が一歩下がる、引く、場を譲ることで、ちゃっちゃと離れるのが得策。
それを「優しさ」と言われると、表面上はそう見えるかもしれませんが、単純に突き放しているだけ。
芯は、めちゃ冷たい人間ですw
悟られないように、いつもと変わらず外ヅラがいいので、結果「優しい」と思われる。
まぁまぁ、そう思われている分にはむしろいいことなので、聞き流すだけです。
人間にはいろんな顔がある。
「仮面を被る」というけど、あのね仮面なんてのは、フツーに皆が付けているものなんよ。
会社での上司・同僚・部下に見せる顔、夫や妻・彼氏や彼女といるときの顔、親兄弟といるときの顔。
それぞれ意識、無意識を問わず、人は皆、顔に仮面を被っているわけです。
一人でいるときですらね。
その一面だけをとらえて、人の素顔=本性など推し量れるわけがない。
優しさにつけ込んでくるヤツはいないのかって?
そらぁいますよ。
単純にいなすだけです。
いなしていなして、結果うやむやにする。
まともに相手にするだけアホくさいじゃないですか。
限りある時間、自分のために使いましょうよ。