「東アジア反日武装戦線」の桐島聡容疑者が最期に本名で身柄確保された件。
本名をついに名乗り出たことが印象に残り、先日このブログで触れました。
その後、心に引っかかったツイートがありまして。
桐島聡が発見されたというニュースを見て、即座に「思い出した」のはこの文章。
外山恒一【中島みゆき「永遠の嘘をついてくれ」の正しい解釈】https://t.co/ZinxQH8FCM
— 片岡祐介 (@Kinoko0427) January 29, 2024
このツイートにリンクしている中島みゆき詞・曲、吉田拓郎の「永遠の嘘をついてくれ」という曲の詞の正しい解釈ーーを書いた外山恒一さんの記事がひじょうに面白く、確かに実際その解釈が合っているとしか感じられないものでした。
それにしても哀しい詞です。
外山恒一さんの解釈をそのまま受け取って考えるに、桐島容疑者は「永遠の嘘をつき続けられなかった」のか、と。
身柄の確認で病院にやってきた公安の捜査員の「後悔しているのか?」の問いに対し、桐島さんは「はい」と答えたそうです。
日本赤軍の重信房子さんも2022年に刑期満了で出所した際、過去を悔悟するコメントを発しています。
社会から自分の居場所がなくなっちゃうのに、革命を夢見て挺身したわけです。
学生運動や極左組織に身を投じ、今なお日和らずにいる人はすごい。
だいたい右派に転じたり、就職して「真っ当な」人生を送るのが路線です。
でも桐島聡は違ったし、革命を信じて「テロ」と括られることをした人たちを見ると
「人は思想のために死ねる」
と感じずにいられません。
いっぽうで、嘘をつき続けることは極めて難しい。
革命を信じているという嘘を。
歴史にイフはないことは承知で野暮を言うなら。
桐島さんは、東アジア反日武装戦線に入ったとき、もし自分が逃亡と隠遁の人生を送り続け、そのまま死んでいく未来が分かっていたなら、この武闘組織に入っただろうか。
日本を憂いたことは確かでも、若い時分は、どちらかと言えば「今ここ」に熱くたぎったゆえの激情が先に立ったのでは。
桐島聡という人は、真の居場所を見つけられないまま世を去った。
事件を引き起こしたのが、仮に若さ青さゆえだったとしても「別の生き方があったのでは」と片づけるのは軽すぎだし、冒涜だなと。
学生運動というものを教科書程度しか知らない自分は、この人たちの行動をどこか覚めて見ていました。
それこそ、ただのテロリストじゃんって。
今、無知を恥じています。
そして、ずっと考えている。