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「挨拶拒否」にみる、貧困なる精神。

先週、ある男性が「挨拶をしない自由もある」とアベプラで主張し、炎上したことについて。
動画を見ましたが、個人的に感じたのは「もったいないなぁ」と。

男性の言うことは、まぁわからないでもない。
かつてのぼく自身、紙媒体の編集をやっていたときは連日ケツカッチン。
「くそだりぃ」と内心毒づきながら、出勤して「おはようございまぁす」と誰にともなく挨拶していた時代を思い出しました。

でもね、挨拶のキモって、礼儀作法とか社会人として最低限のマナーとかよりも。
「私はあなたの敵ではない」「最低限度の社会性のある人間ですよ」ということを、さりげなく表明することなんですよ。
これをしない(できない)人は、したがって他人に敵とみなされても仕方ない。
手間をかけずに平和なコミュニケーションを構築できるのだから、やらない手はないのです。

確かに挨拶しないのは自由だけど、不利益被って泣きを見るのもまた自己責任って言われちゃうぜ。
本件炎上するほどのことかいな、と思いつつも、その辺がつくづく「もったいなぁ」と。

確かに挨拶しない人が多くなった

自分の暮らすマンションでも、たいてい挨拶する人は決まっていて、挨拶しても頑なに返さない人はいます。
別に構わんけど、これも損するだけなんだけどなぁ。
いざというとき困るだけさね、自分が。

階上の住人が水漏れさせてきたときも、ただのひとことも詫びがない。
加害者が持ち家か賃貸かは関係なく、人間性の問題です。

さらに言えば挨拶できない子どもも目立つ。
目を逸らしたり、端から無視を決め込んだりしているのは、親の程度なんでしょうな。
「物騒なんだから知らない人に付いて行ったり、話したりしてはダメ」とか言われてるんだろうけど、せめて近所の人間には挨拶くらいしといたほうがいいよ、ほんと。
それすら教えられない親のもとで育てられた子どもは、ある意味不憫。

自分がお金を払う側なら、なおさら意識すべし

少し前に「外食店で”ごちそうさま”を言うヤツはおかしい」という内容のツイートだかが、確か話題になりませんでしたっけ?
お金を払っている客がなぜそんなことを言わなきゃいかんの、という主旨だったような。
この理屈をこねる人は、裏を返せば「カネを払えば何してもOK」と言うのと同じで、まさにカスハラ予備軍の傲慢さが表れている。
挨拶できる・できない以前の、貧困なる精神。これまでもこれからも人生ハードモード。かわいそうに。

ぼくは夜、ひとり飲みに行くことが多いですが、伺った先では必ず「どーも」とか「こんばんは」とか、必ず言いますよ。
束の間とはいえ席を、居場所を、ひとつ借りるわけですから。

とにかくね、悪いことは言わない。挨拶を渋るなんてシワいことはしないほうがいいです。
精神の懐まで貧しくなっていくだけよ。

この記事を書いた人

hiroki「酒と共感の日々」

hiroki

Webの中の人|ウイスキー文化研究所(JWRC)認定ウイスキーエキスパート|SMWS会員|訪問したBAR国内外合わせて200軒超|会員制ドリンクアプリ「HIDEOUT CLUB」でBAR訪問記連載(2018年)|ひとり歩き|健全な酒活|ブログは不定期更新2,000記事超(2022年11月現在)|ストレングスファインダーTOP5:共感性・原点思考・慎重さ・調和性・公平性