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【小説】『魔の山』:自分は一生「人生の厄介息子」でいい

『魔の山』

人生に一度くらいは周りになにもないところで人間論や人生論を闘わせてもいいかもしれない。そういう場としては大学の哲学科あたりが思い浮かびますが、討論のためにまとまった時間を確保するとなると俄然難しいでしょう。

1924年発表の小説『魔の山(上・下)』(トーマス・マン作/関泰祐・望月市恵訳/岩波文庫)は、ひとりの青年が多種多様な人たちとの交流を通して今を生きる物語です。実に7年に及ぶ人物交歓が描かれます。

『魔の山(上)』梗概(岩波文庫版より引用)

平凡無垢な青年ハンス・カストルプははからずもスイス高原のサナトリウムで療養生活を送ることとなった。日常世界から隔離され病気と死が支配するこの
「魔の山」で、カストルプはそれぞれの時代精神や思想を体現する数々の特異な人物に出会い,精神的成長を遂げてゆく。『ファウスト』と並んでドイツが世界に贈った人生の書。(全2冊)

なぜ手に取ったか? 本書は長旅同然

著名な実業家で読書家が本書を薦めていたのですが、誰か思い出せない。それが頭の片隅に引っかかっていてブックオフで見つけて購入に至りました。

岩波文庫版上編598ページ、下編688ページ(訳註含む)計1,286ページを半年がかりで読了。いやぁ長い旅でした。

『魔の山』というタイトルから山岳小説か、はたまたミステリか惑わされそうですが全然違います。

舞台となる国際サナトリウム「ベルクホーフ」は隔絶された世界ではなく、山を降りれば街に買い出しに行けるし、歩道や散策ルートは整備されているしで開発されたロケ。だからわりと療養者たちが外出する場面がある。

1日4食に加えて希望すればおやつもいただける。それ以外の時間はバルコニーで寝るだけ(横臥療法という)。宿泊療養費はもちろん患者自身かその親類が払うわけで、ここに留まる人たちはそれなりの金持ちと想像させられます。

ただし、療養者は健康そうに見えても退院するのは許されない。サナトリウムのどこかで死に瀕した人も普通にいます。だから療養者は生気はあるものの、どこか陰気で退廃的です。

そんな場所でハンスは、療養者の先輩でいとこのヨーアヒム、理性を尊ぶ人文主義者のセテムブリーニ、冷酷なファシスト的人物にして非合理主義者のナフタ、自由な気風のペーペルコルンなどとの交流で一皮剥けていきます。

もぉね、ひたすら論争なのよ。下編で全体主義者のナフタが出てきたあたりが特に先鋭化していますが、ほぼ8割は登場人物が人生のさまざまなことをずーーーっと論じている。

宗教、時間感覚、健康と病気、生命と解剖学、意識と無意識、権威と真理。広間での食事での他愛ないやり取りから降霊術、ヒステリーの蔓延まで、ヒマなんだけど「ヒマならではの忙しさ」とでも言いましょうか。
まさか「こっくりさん」が出てくるとは。若者の成長を描く教養小説ならではの幅広さです。

その間に主人公ハンスは若者らしい冒険心を発揮して論戦を挑んで返り討ちに遭ったり、吹雪の日に雪山でスキーを試みて遭難しそうになったり、若気の至り的行動が微笑ましい。

個人的には人妻ショーシャ夫人に恋心を抱き、ひとり悶々とした挙げ句なれなれしく呼ぶなどのウザ絡みするハンスには、10代20代のワシ自身を見るようでニヤリとしつつチクッと痛かった。

読後感は?

主人公ハンスは「人生の厄介息子」と呼ばれるほど、無知な若者として扱われるのも時代の違いを感じます。ことさらに若さを利点とされる今の時代にハンスが生きているなら、自分の意見を持った相当の自律した人間として評価されているでしょう。

人間ヒマをもてあますとロクなことをしませんが、このサナトリウムの人たちはどうなんだろう。もはや普通に働く「下界の人間」に戻れないのでは。それくらい放縦を極めています。

一介の労働者たるワシから見ると登場人物たちは正直いつまでこれやってんだ、早く終わんねぇかなと。
読書中に飽きる経験は稀だけど、終わってみれば主人公ハンスと別れるのが切ない。なんか他人とは思えない。こんなに感傷的になるとは。

おれもまた人生の厄介息子よ。

余談ですが

ブックオフで入手した本書には前の読者による傍線(波線)がところどころに引かれ、それがまた一興でした。ワシはそもそも本に書き込みすることが嫌いなので絶対にしない読み方です。
でも今回は気にならなかった。本書に期待感がなかったからだろうけど。

「笞刑」(→ムチの刑)、「欺瞞」(→あざむきだます)といった細かな走り書きに真面目な人柄を忍ばせ、ニヤリでした。ある意味、時間差でこの人とともに読書体験したともいえます。

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hiroki

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