「ミュンヘンオリンピック事件」はパレスチナ過激派組織「黒い九月」が起こした人質事件。
五輪開催中の1972年9月5日に起きた同事件は、選手村に侵入したテロリストがイスラエル選手団9名を人質にし、多数の犠牲者を出す大惨事となったことでも知られています。
『セプテンバー5』(2024年ドイツ・アメリカ/ティム・フェールバウム監督/SEPTEMBER 5)は、この事件発生から収束までの1日を報道スタッフの視点で描いたドキュメンタリータッチの作品です。
事件に遭遇したのは、発生当時の衛星放送権を持っていた4大ネットワークのひとつABCのスポーツ局。
サブ(副調整室)の外から聞こえてきた銃声で異変に気づいたスタッフは、選手村で発生した立てこもり事件を報道すべく臨戦態勢に。
選手村の建物が俯瞰できる位置にスタジオのメインカメラを移設したり、本国女性スタッフのマリアンヌ(レオニー・ベネシュ)がドイツ語翻訳に奮闘したり、スタッフのひとりを選手に化けさせて選手村内部の様子を探ろうとしたりします。
中継を担うのはABCスポーツのスタッフで、本国の報道局から中継の役割を渡すように圧力が。スポーツ中継の人間が事件報道などできるわけがない、というわけ。
「誰が渡すか」と反発するABCスポーツ責任者ルーン(ピーター・サースガード)ですが、刻一刻と状況は悪化していきます。
命からがら脱出したイスラエル関係者へのインタビュー中に時間交代でライバル局のCBSから衛星放送枠を明け渡すよう迫られる、中継映像によって警察の動きが犯人側に筒抜けになるなど、前代未聞のテレビ中継は緊迫と混乱づくめ。
最後の最後、逃亡を図るテロリストを空港まで追跡するクルー。
功を焦ってスクープを出そうとするサブの室長メイソン(ジョン・マガロ)を、ABCスポーツ責任者ベイダー(ベン・チャップリン)が「これは競争じゃない」と諌める場面が突き刺さります。
そして未確認情報をもとに「人質が救出された」と大誤報を打ってしまう終幕。
ぬか喜びしてビールで乾杯するスタッフが一転、絶望の淵に追いやられるドラマ性に虚脱と消耗を覚えます。
公電さえも「人質解放」と誤報を出すありさまは、報道の人間でなくても「ファクトチェック」「とにかくウラを取る」ことの重要性をかみしめずにいられません。
もっともメイソンは信じたい明るいニュースを世に出そうとしたわけで、その心情は功名心だけではなかったはず。いったい誰が責められましょうか。
世界の視聴者(映画では9億人と計上していた)が固唾を飲んで見守るなか、判断が鈍ってしまうのも無理からぬことです。
サブでのワンシチュエーションの密室劇に加え、絵的には当時の競技中継の模様、フィルム時代の映画を彷彿させる粗っぽい粒子の画、ビスタサイズ的なスクリーンなどで鑑賞者をタイムスリップさせる演出も心憎い。
テロ現場を世界で初めて中継した実際の事件の苦すぎるチョンボを、教訓としてだけでなくエンタメとして見せた意味で本作は役割を果たしたのではないでしょうか。
花形スターを使わずにシブい俳優さんでリアリズムに徹しているのも好感でした。