映画『シェイプ・オブ・ウォーター』の寓話的世界。

落語を見た足で、映画『シェイプ・オブ・ウォーター』(The Shape of Water)を観に行きました。第90回アカデミー賞で作品賞、監督賞、作曲賞、美術賞の4部門を獲得したSFファンタジーです。ネタバレありで振り返ります。

半魚人と言葉を話せない女性の純愛物語。悪くないです。が、ティム・バートン監督と違い、ギレルモ・デル・トロ監督のダークな作風は観る人をかなり選ぶかもしれません。

怪物や動物と人間が心通わせる話は珍しくないですが、人間と性的関係になるモンスターはそうそうないから。本作はR15+指定とされてますし(まぁレイティングは参考程度で)、その辺りを嫌う方は注意が必要です。

物語が進むにつれ、この怪物とヒロインのイライザ(サリー・ホーキンス)のラブを応援したくなってきます。が、最後の最後まで観て、ラブストーリー的おとぎ話ではなく、かなり寓話的映画だと気づかされました。

怪物とイライザの二人(?)を追い詰める軍人(マイケル・シャノン)は、二人を追及すればするほど、怪物にもがれて再生手術したはずの指が腐っていく。禿げ頭の画家は、怪物と心通わせてまもなく頭髪がよみがえる。

ラストの解釈もヒロインは死んだのではなく、別の世界で生を得たともいえます。

なんというか、イライザが愛した怪物は「異性」ではなく、異形に身をやつした「神」ともいえるのです。

本作のルーツはギレルモ・デル・トロ監督が幼いときに見た『大アマゾンの半魚人』(1954年米、ジャック・アーノルド監督)だそう。『ラ・ラ・ランド』(2016年米、デイミアン・チャゼル監督)にしても『アーティスト』(2011年仏、ミシェル・アザナヴィシウス監督)にしても、ここ数年のアカデミー賞受賞作をみると、アカデミー会員の嗜好は懐古主義に傾いているようにも見えます。

それは古典の再評価とも換言できますが、「どこかで見たような作品でない作品」を観たいというのは、望みすぎでしょうか。

映画「シェイプ・オブ・ウォーター」