日中戦争の渦中を経てやがて米英などの連合国を相手とする戦争が始まろうとする最中、「時局にふさわしくない演題」として落語家たち自身の意思で自粛した禁演落語をめぐる物語。
ラッパ屋の50回目の公演『はなしづか』(鈴木聡脚本・演出/2025年4月16日〜同年4月23日 紀伊國屋ホール)は、戦争という厳しい現実に戸惑いながらも落語で生きていく3人の噺家と、彼らが住まう貧乏長屋の住人や席亭、新聞記者などが描かれます。
本作をネタバレなしで簡単に紹介します。
なんといっても客演の昇太&喬太郎の演技が気になる
登場する噺家は3人。晴々亭昇介(春風亭昇太)、渋柿亭喬次(柳家喬太郎)、世渡亭伊吉(ラサール石井)で、本職の俳優である石井さん以外はプロでしかも売れっ子の噺家です。
結論を言えば、昇太さんも喬太郎さんも実に堂に入っていた。ふだん高座に上がっているわけで舞台慣れしているのは当たり前ですが。
ただ喬太郎さんはセルフプロデュースというか自分の見せ方に長けているので、演出家に演技を付けられての演技は、柳家喬太郎という持ち味が多少削がれてしまうのかなと。
むしろ昇太さんが全く違和感なく驚きました。個人的にほとんど落語芸術協会の噺家さんの落語を聴く機会がないので、それがかえって好影響したのかも。
昔気質で頑固、禁演落語に指定されている『居残り左平次』を当局が監視する寄席小屋でかけようとして席亭に大目玉を食う反骨精神の喬次に対し、制約に反発しながらも折り合いをつけて人々を笑わそうとする誠実な昇介。このふたりの役柄を見ると、鈴木聡さんが当て書きしたに違いありません。
禁煙落語は53種類
演題の「はなしづか」とは1941(昭和16)年に浅草の長瀧山本法寺に建てられた塚で、ここに禁演落語53種の台本などが奉納されたとか。
当時の落語界の重鎮たちがお上に言われる前に自ら作品を放棄したとはにわかに信じがたい話ですが、落語を延命させるための苦渋の選択だったと思いたい。
塚の除幕式、53演目が読み上げられる場面(声は柳家花緑さん)では数字以上の重さがあります。『居残り左平次』『明烏』『首ったけ』などの廓噺は全滅、『紙入れ』『宮戸川』のような噺も風紀を乱すとしてNG。
反対に伊吉はスポンサーや席亭にいい顔しようと、戦意高揚をねらう国策落語を高座にかけます。『芝浜』の改作などまったくゾッとしない。笑えない。
落語の登場人物のダメ人間ぶりって、むしろそれが人間本来なんだと改めて気づかされます。ワシも酒好きの弱い人間だし。
かつて「落語は業の肯定」と名言を放った落語家がいましたが、そんなお題目なくしても普遍の法則なんだよな。
戦争という愚を起こすのもまた人間であり。とほほ。
まとめ
いい芝居でした。
個人的に最近大きなハコでの演劇やミュージカルばかりに足を運んでいたので、久しぶりに芝居らしい芝居を観させてもらいました。
ラッパ屋は以前から評判を聞いていましたが、今回ようやく初観劇。観劇後に誰かと話したくなる芝居っていいね。しかもジワジワと余韻もある。
ドラマの常連でもあるおかやまはじめさん、弘中麻紀さんはじめ、安定感抜群の役者が揃っています。
客演の多さで劇団の役者さんの起用が生きないのでは、と余計な心配をしてしまいましたが。ラッパ屋、次回また伺いたいです。
本作は当日券もあるそうですし、北九州での旅公演も。オンデマンド配信も決定しています。ぜひ!
2025年4月19日(土)18時回鑑賞