名作『あしながおじさん』を舞台化した『ダディ・ロング・レッグズ 足ながおじさんより』、11月23日(木・祝)のマチネを観てきました(日比谷シアタークリエで上演)。ぼくは原作を今ごろ読んでますが、原作を読んでから観に行ったほうが物語をよりつかみやすいです。東京、久留米公演は終了。12月2日(土)・3日(日)に兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、12月16日(土)・17日(日)は名古屋の中日劇場で上演されます。
主演は井上芳雄と坂本真綾。この2人による二人芝居です。これはシアタークリエのロビーの壁にズラーッと貼ってあるチラシ群より。前回公演の写真ですが、若いというかほとんど変わっていない……。
直近の『ハムレット』が素晴らしかったジョン・ケアードさんの演出ですが、こちらでは控えめな印象です。それは若くてハンサムな慈善家ジャービスと、養護施設出身ながら明朗快活で聡明な女学生ジルーシャの、ほぼ2人だけしか出てこないシンプルなストーリーゆえとも思いますが。ちなみにケアードさんの奥方は、この作品の翻訳・訳詞を手がけた今井麻緒子さんです。
原作は最初から最後まで、ジルーシャからジャービスに宛てた手紙で進む書簡体です。要するにジャービスはリアルとして出てこないのですが、物語中の手紙を読んでいれば、彼の人となりが自然に分かります。だから舞台を観た後から原作を読んだ身としては、振り返って「うまく舞台にしたよなぁ」という子供じみた独り言が出てしまいました。
それにしてもメールやSNS全盛の今だからこそ、ペンを走らせた手紙の魔力、破壊力はすごいですよね。自我と好奇心の塊のお嬢さんに、「あなたは白髪ですか?」「どんな人なんですか?」と聞かれたら(ジャービスがジルーシャを支える条件にひとつに、「手紙には返事をしない」という項目があるけれど)、いくら恋愛感情が無くても、しだいに情がわいてくるってものでしょう。
井上ジャービスが(原作にはない)掟破りの返事を出そうとして思いとどまるシーンなどは、女子をヤキモキというかキュンとさせそうですね。また井上さんはこういう知的なジェントルマンがよく似合う。悲劇の主人公を演じながらも希望を持たせたり(『二都物語』)、激情と葛藤を秘めた天才(『モーツァルト!』)といった、切羽詰まりながらもひたすら前を向いて生きる男の役は、ミュージカルでは未だこの人の独壇場です。
坂本ジルーシャはクセがなく、歌唱は破綻がなく、利発なヒロインをニュートラルに演じていましたね。「こうなってほしいな」という想像通りの、観客を裏切らないラストゆえ、良い意味でカラーのない女優が演ったほうが説得力があります。
あ、物語に全っ然関係ないの小道具の話ですが、2017年に観た井上さんの舞台『グレート・ギャツビー』、『謎の変奏曲』、そしてこの『ダディ・ロング・レッグズ』は全部ウイスキーが出てくるんですよ(『ダディ~』はブランデーかもしれない。他の二つはセリフとボトルの小道具からして間違いなくウイスキー)。そして井上さんは瓶ではなく、デキャンタからグラスに注いでいるのですよ。そういう場面がたびたびありました。
リッチだなぁと思いましたね。酒好きにとっては飲みながらボトルのラベルを眺めて楽しむのも至福ですが、こうやってデキャンタに移し替えて飲むのも、これはこれで余裕を感じる演出。この小道具はもちろん自宅飲み用です。男女・シチュエーション問わず特別感を醸し出せそうなデキャンタ、探してみることにします。