「予定稿」を書いておく。

訃報記事の誤報で、通信社の担当記者と編集局幹部が処分されたニュースが先日ありました。予め想定されるニュースは、速報が打てるよう記者が「予定稿」を作っているもの。想定されるニュースとは、政治・経済の重大事、スポーツの結果、訃報などですね。

え、訃報も? 非常に失礼な話に聞こえるかもしれませんが。社会的に影響の大きい人に何かあればマスコミはキャッチしますから、仮に入院していて容体が悪化した場合などは、万一を想定して原稿を用意おくわけですね。まぁもっとも、訃報記事の早出しは「あかんやつ」ですが、予定稿が意味するところは大きい。

予定稿=下書きです。

何らかの書類や原稿など、書き進められないとお悩みの方は、「予定稿」を書いてみてはいかがでしょうか。「本番」を迎えた際、白日の下にさらすことを思い描きながら、その事実が起こることを前提に「前もって書いておく」のです。

ぼくも空き時間にiPhoneで下書きをしておくことはしょっちゅうです。断片的にでもいいので、ネタが降りてきたら、ネタを拾ったら、とりあえずメモっておく。断片的すぎるとメモを振り返って「なんのことだっけ?」となりますが(たまにあります)。

で、ココというタイミングでえいやと出してしまう。多少フライングしても、マスコミ報道のように騒がれることはありません。

書きぐせが身についてくると、文章力が上がり、スピードが速くなり、体裁ミスも少なくなります。「文章が堂に入ってくる」のです。それが繰り返されると文体が形成され、文章で「語る」ことができるようになり、ひいてはその人が書いたものだと署名を見なくてもわかるようになる。村上春樹さんを引くまでもなく。

究極の署名原稿とは、無署名でもその人が書いたと分かるもの、のことです。ここに行くまでには習慣化とセンスが必要。「センス」と言ってしまうと身もフタもないのですが、まぁ仕方ありません。

まずは「予定稿」を書いてみる→下書きとして保存する→リリースする。

そんな「予定」なんてない? そんな人はさらにラッキー。そしたら、「でっち上げ」で書くのです。そのときは絵空事かもしれないけど、都合のいいことが起こることを想定して書いちゃうのです。この効能は大きいです。ぼくが実際そうですから。「効能」についてはまた後日。