「万人に受ける笑い」はない。

有楽町よみうりホールで行われた落語会『よってたかって春らくご’18 21世紀スペシャル寄席ONEDAY』を観てきました。新作落語のきく麿さんを除き、全員が古典おなじみの演目。最近寄席に行くたびに財務次官のセクハラや、アイドルのわいせつ事件のまくらを聞きますが、ここでもやっぱりそうでした。

桃月庵ひしもち「元犬」
柳家三三「締め込み」
三遊亭萬橘「看板のピン」
春風亭一之輔「百川」
仲入り
林家きく麿「寝かしつけ」
桃月庵白酒「明烏」

社会を騒がせる三面記事的な事件は、そりゃあ噺家にとっては格好のネタでしょう。もちろんテレビや雑誌など、高座以外のメディアに露出する噺家は今に始まったことはありませんが、まだまだ少数派。噺家はむしろ世間の流れに迎合しない、それどころか集団が性に合わない一匹狼ともいえます。

彼らにしてみれば世間的には問題だといわれることでも笑いにします。だから桃月庵白酒さんのように「みなさん笑ってますが、何人かの方はきっとお怒りなんですよ、ええ」と心得たものです。アンケートに不快だ、気に食わんなどと書かれるのでしょうか。

ある意味、落語は観る人を選ぶ娯楽とも言えます。観る側にも、見るのであれば了見ってものが必要。噺家のまくらや風刺をこめたくすぐりなど、聴くたび大笑いしますが、中には大丈夫かいなと思うようなドキッとするものもあります。

演出や表現が問題になって炎上したり、最悪の場合放送中止となるCMもありますよね。究極を言えば、

「万人に受ける笑いなどない」

と思うのです。

誰かをムッとさせるのも芸ですよ。落語がテレビの芸と違っていいなと思うのは、忖度のない反骨精神が噺家から垣間見ることができるから。最大公約数に配慮した笑い、温室栽培状態の笑いもけっこう。だけれども、慮るあまり、表現がどんどん狭まっていくほうのが怖い。

寄席やホールでしか聞けない落語とまくら。無理に許容する必要はないけど、寛容をもって見てほしいな。多様性の社会というならなおさらね。