「Lose-Win」からの脱却は難しいが、おそらく挑戦する価値はある。

「殺人的なスケジュール」とか「忙殺される」とか、殺の文字が付くイメージ。最近になって少しずつ解放されてきた感があったのですが、また逆戻り、重い荷物=大口クライアントを背負うことになりました。

が、これは別に客がワガママであるとか無理難題を吹っ掛けるとか、一概にそれだけでもなさそう。その原因を作っているのは、他ならない担当者自身だろうと考えてます。自分で自分の首を絞めているフシがあるんです。

引き継いでみて、あまりに余計な仕事、要らないと思われる仕事が多すぎるんですよね。けっこうア然とします。望まれてもいない過剰なサービスをして高付加価値と思っているのかな。この自己満足は、レベルが低すぎる。長時間かけて残業してクオリティを上げるとか、もう悪と断言していい。時間をかければそれなりの成果物は作れて当然ですからね。

重要なのは、顧客がそこに価値を感じているか。そこです。こちらが忖度して動いたところで、クライアント側が何も感じていなければ、無意味なのです。

さて。僕がこの仕事を仰せつかったのは、このムダ=悪と戦えという思し召しなのだろうな。結局こういう合理化な仕事か。全然クリエイティブじゃないよなぁ、とボヤキたくもなります。しかも僕がみたところ、この仕事はもろに「Lose-Win」。やりたくないことをやらされ、異常に負荷が多く、常に強迫観念にさらされるようなクライアントワークは、どんなにお金をもらったところでも「Lose-Win」と僕は思う。

簡単にはいかないだろうけど、やるからには、徹底的にこの「悪」と戦い、無駄を撲滅させねば。こんなことを脈々と続けていたら、いっこうに生産性が上がらない。それどころか後を担う若い人の時間を奪うことにもなる。書きながらなんだか妙な使命感がわいてきたぞ。簡単には行かないだろうけど、しばらく戦っていこうと思います。自分のやりたいことを妥協せず、ね。