その「こだわり」に意味はあるか。

〆切という仕事のピークを迎えている今週。いつにもまして、自分時間を削られてしまったと反省しています。この仕事で大敵は「こだわり」というやつです。自分が引き継いだ仕事を完結させてみて、あまりに非生産的な「こだわり」の多さに呆れてしまいました。

「店主のこだわり」とか「こだわりの逸品」とか、「こだわり」という言葉は今でこそいい意味で使われますね。換言すれば思い入れ、とでもいうのでしょうか。

「こだわる」は漢字で書くと「拘る」になります。拘泥する=とらわれる、固執する、我を通すという類語が想起されます。

つまり全然いい意味ではないのです、こだわるって。本来はね。

「品質にこだわる」というと、いかにも聞こえがよく感じます。が、文字通りそのこだわりに囚われるあまり、時間を大きく浪費してしまっていいのか。

以前も言いましたが、新たに引き継いだ仕事は悪い意味でのこだわりのオンパレード。ほとんど意味のないことに注力してしまっていて、担当者一人だけがドヤ顔してる。誰も幸せにしないこんな悪習は、なんとしても改めないといけません。

改めるにもエネルギーがいるので、そのためのトライアルに時間を注がねばばらないのは、はっきり言ってムカつきます。だって、その間も自分の時間を削られ、エネルギーを奪われるんだから。

それにしても、かさばる荷物を背負い込む羽目になってしまった。けれど、長い目に見てこれも利他のひとつ。今までだって余計な仕事を少しずつカットし、ずいぶんスマートにしてきたもんね。

引き継ぎ引き継がれ。新たに持たされたものは相当ひどい実態だけど、自分から若いやつらに渡したもの=担当していた領分はずいぶんと負担を軽くしてきたと気づきました。これはひそかな自慢です。

さて。この仕事もさっさと軽くして、自分の時間を作ろう。