鉄道の旅に、あえて情趣を求める。

秋田新幹線と蒸気機関車C61の新旧「こまち」が並走する写真をヤフトピで目にし、萌えてしまいました。

撮影した読売新聞のカメラマンも、きっと鉄道ファンに違いありません。SLは今日10月13日と明日14日の2日間限定で運行だそうです。

こういう旧来の鉄道ファンを呼び戻すような試み、JR各社はもっとしてほしいですね。

交通網の整備とテクノロジーの進歩で、海外も国内もどんどん狭くなっていきます。鉄道にいたっては今のJRと国鉄時代とでは全く違いますね。SuicaやPASMOの普及で改札鋏をクルクル、カチカチ鳴らす駅員は絶滅。車内は液晶広告が占めるようになり、外側のデザインはどんどん近未来的に。ガタンゴトンという走行音の表し方も、今はそぐわないくらい静かです。

けれど。快適さと速さと引き換えに、風情というか旅情がどんどんなくなっていった気がします。特急電車からヘッドマークが消え、食堂車や車内販売がなくなり、ブルートレインが姿を消し、鈍行という言葉も聞かれなくなりました。在来線といえば都市部では通勤路線、地方ではローカル線を指すんでしょうか。

ブルトレといえば国鉄民営化以後に運行していた「北斗星」(上野⇔札幌)や「トワイライトエクスプレス」(大阪⇔札幌)には、まだ寝台車の趣を残していた気がします。機関車が車両を引っ張っていましたし。

今の時代あえてゆっくり行こうとするなら、青春18きっぷでも握りしめて在来線を乗り継いでいくか、極端な豪華列車の旅となる。

高速化で車窓を流れる風景を楽しむ間もなく、新幹線にいたってはコンクリートの防音壁の上から、高速でブレまくる風景をのぞくだけ。芥川龍之介の『蜜柑』の一場面のような、窓を開けて線路の外にいる人に手を振る、なんて今じゃあり得ません。

残念ながら電車は旅を味わう要素ではなくなってしまった。電車に乗ること=単なる移動、なのですよね。

当たり前だろとツッコミが聞こえてきそうですが。旅は計画しているとき、目的地に着くまでが楽しい、とも言うじゃないですか。

同じ移動でも通勤は一刻でも省エネしたいですが、それ以外の移動の時間ってのは貴重です。一人なら自由に過ごせるし、家族や友人、恋人と一緒なら、それはそれで親密な時間を過ごせます。

目的地周辺で何をするかだけでなく、行き帰りの行程もまた、旅なのです。その道のりに、情緒がほしいと思うのは無いものねだりなのか。早けりゃいいという風潮には、モヤモヤしまくりです。

この記事を書いた人

hiroki

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編集者 / ウイスキー文化研究所(JWRC)認定ウイスキーエキスパート / 訪問したBAR国内外合わせて100店超 / 会員制ドリンクアプリ「HIDEOUT CLUB」でBAR訪問記連載(現在は休止中) / ひとり歩き / 酔っぱらわない酒活実践者 / ブログは原則毎日更新600記事超(2018年10月現在)/ ストレングスファインダーTOP5:共感性・原点思考・慎重さ・調和性・公平性