大好きな映画がある一方で、大っ嫌いな映画ってものもあります。後者を告白すると『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年デンマーク/ラース・フォン・トリアー監督)、『コックと泥棒、その妻と愛人』(1989年イギリス・アメリカ/ピーター・グリーナウェイ監督)、『ブラック・スワン』(2010年アメリカ/ダーレン・アロノフスキー監督)などがそう。
観た直後は酷すぎて笑っちゃうくらいでしたが、思い出すたびに胸くそ悪い。許せませんな、そんな映画は。ハードボイルドや暗い作品、人生はなかなか上手くいかない的なハードな物語が断然好みなのですが、作風が暗かろうが、主役が死のうが、ストーリーに一筋でも光明が見えないと受け入れられないんです。
この『ジョーカー』も観る前から分かりきっていたのです、陰鬱な映画であるってことは。で、許せないほどではないにせよ、やっぱり鬱な映画でした(ここでネタバレしませんが、鑑賞前に情報遮断したい人はブラウザの「戻る」を押してください)。「許せない」まで行かなかったのは、主人公アーサー(後のジョーカー)の足跡があんまりだからです。もしも主人公と同様の仕打ちを自分が受けたら、そのとき自分は正常を保ってられる? 狂人にならないと言いきれる?ってね。
そう、バットマンの宿敵ジョーカーは、いかにして狂人になったのか。そのルーツを描くスリラーです。
日本ではR15+指定ですが、暴力的な描写はそれほど多くありません。が、観客はジョーカーとともに心理的に追い詰められていくような切迫感を余儀なくされます。
「コメディアンとして人を笑わせて明るくしたい」という心優しい青年アーサーが、なぜ快楽殺人者になったのか。
やることなすことすべて裏目に出てしまうアーサーの行動とそれを蔑む周囲にゲンナリさせられるし、後半に明かされる彼の病(ある理由で脳に障害を負い、発作的に笑いが止まらなくなる)の理由に戦慄するわけです。やがて張り詰めていた糸がついに切れ、アーサーは邪悪な存在=JOKERに変貌を遂げます。
演出は「ハングオーバー!」シリーズなどを手がけてきたトッド・フィリップス監督だけに、なるほど主人公アーサーの人生は見方によってはコメディといえます。が、それはブラックコメディという意味です。笑えるんだけど、背景や真相を知ってしまうと全然笑えない。悪い冗談です。
空いているだろうと見込んで、日曜日の最終回に行きましたが、劇場はほぼ満席。なんでこれがヒットするかねぇと思いましたが、単なるDC映画で括れない、人間の怖さが描かれているからかもしれません。「おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返す」という有名なニーチェの言葉がありますが、怖いもの見たさ、に近いかもね。
タイトルロールを演じたホアキン・フェニックスさんは、不気味さと哀しみを両立させる演技で、アカデミー主演男優賞の候補入りは間違いないのでは? 全編を彩る不穏なスコアを手がけたのは『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』(2018年アメリカ/ステファノ・ソッリマ監督)のヒドゥル・グドナドッティルさんです。