JR上野駅から高崎線で40分、桶川駅から徒歩約6分。さいたま文学館で開催中の『太宰治と埼玉の文豪展』に行ってきました(〜2020年3月8日)。近年は映画やコミック、ゲームなどで文豪が題材となることがありますが、2019年に生誕110年を迎えた太宰はその主役であることは疑いようがありません。なぜ埼玉で太宰の企画展を? 『人間失格』のうち、太宰が「第三の手記」後半と「あとがき」を書いたのは埼玉県大宮市(今はさいたま市大宮区)なのですね。
その際に太宰が使用したという執筆机が本邦初公開されていて、写真撮影だけでなく、触れさせてもらえるというファンには夢のような企画(日時限定)。机には、小道具として原稿用紙も。なんと本展のために筑摩書房に手配したというから恐れ入ります。
写真撮影用に二重廻し(インバネス)も用意されていて、机を前にあなたも太宰に変身!なぁんてコスプレもできちゃいます。思わず頰杖をついて憂いの表情をしてみたくなりません? こうした作家ゆかりの品々は、フツーは見るだけ。おさわり厳禁が当たり前ですが、なんと太っ腹なのでしょう。作家を愛するがゆえの、粋なはからいですね。講演会終了直前に入場したため、すんなり見ることができましたが、会場を出たら行列が……。
幸運にも学芸員によるギャラリートークを聴きながら、展示を見ることができました。太宰が銀座のBAR、ルパンで片膝を立てて寛ぐ有名な写真も展示されていましたが、写真が掲載された雑誌(小説新潮2巻1号)中面をあえてそのまま(見開きの形で)展示、学芸員さん曰く「パネルに大きく伸ばして展示することはできますが、太宰が生きた当時のままを感じてほしかった」と。掲載は表2部分。つまり表紙をめくってすぐのグラビアページに、あの写真は載っかっていたわけです(隣で飲んでいる、後ろ姿の見切れている人物が坂口安吾というのもオツなエピソード)。存命中から、太宰がいかに文壇のスターであったか、愛されていたかがわかりますよね。
展示点数こそ計104点(2月16日に展示替えあり)とこじんまりしていますが、太宰が愛用していたリアルな品々や書簡(もちろんレプリカや複写も多数)に力を入れたというだけに、ファンには堪えられない展覧会だと思います。妻・美知子さんが「乏しい太宰の遺品のなかで、愛用の品といわれたら万年筆とこの鋳物の灰皿と書かなければならない。」としたためた万年筆と灰皿、ネクタイや煙草入れ、ウイスキーを入れていたという真鍮製の水筒も展示されています。
第一回芥川賞受賞を逃した際に、選考委員の一人だった川端康成による「作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みあった。」という評に対し、「川端康成へ」(呼び捨てだもんな)という抗議文を投稿した『文芸通信』3巻10号(復刻版)や、太宰を大宮に連れてきた筑摩書房創設者・古田晁による弔辞(複写)など紙類・原稿の展示も。なかでも個人的に最も魅かれたのが、師・井伏鱒二に宛てた書簡2通。
長さ5メートルにも及ぶ書簡(1936年9月、山梨県立文学館所蔵※さいたま文学館での展示は2月16日まで)は、まるで巻物のよう。さすがに全文公開というわけに行かなかったらしいですが、それでも、
井伏さん 私、死にます。目の前で腹掻き切って見せなければ、人々、私の誠実信じない。
という太宰直筆の一部分は、ひじょうなインパクトとして迫ってくるものがあります。これを受け取った井伏の心境はいかばかりか。「またビョーキが始まった」か「こりゃたいへんだ」と跳ね起きるか。いやぁ、いろいろと想像させられるものがありました。
それにしても埼玉県ゆかりの文豪たちは、中島敦、武者小路実篤、田山花袋、永井荷風ほか、けっこう多いのですね。これを機に、改めて注目してみようと思います。