コロナを災禍ではなく、ショック療法にできるか。

昨年から、自分が住んでいる東京都某区の手話講習会を受講しています。
初級者コースにどうにか1年通い続け、今年3月に無事修了できました。
この調子で引き続き、と2020年5月開始の手話講習会・中級に申し込んだのですが、なんと中止になってしまいました。

区の手話講習会は例年5月開始・3月修了でして、開始約1か月前に早々に中止が決定してしまったわけです。
「新型コロナウイルス感染症の収束の目処が立たないこと」という理由です。
残念としか言いようがない。
まったくこのウイルスには怒りを覚えます。

が、いっぽうで。
このパンデミックは、地球環境汚染や過度な開発を進める人間への警告、とも思えるのです。
一国の都市の局地的流行で抑えられたはずの感染症がパンデミックになった背景には、人の怠慢があり慢心があり、思惑がある。
だから怒りを覚えるのです。

中国政府、中国共産党の極めて前時代的な政治手法と、そこに絡め取られたWHO(世界保健機関)事務局長の無力(辞任を求める署名をしました)。
彼らが良心にしたがって行動していれば、ここまで酷い状況にはならなかったでしょう。
普通の日常が削られていく失望と焦燥。
どうしてくれるのでしょうか。

普通の日常とは、仕事はもちろん娯楽も、です。
美術館巡りや観劇、映画、落語、音楽など、文化系の娯楽で生きている人間にとって、彩りのない世界が現実化しています。
自分が通っているおなじみのBARも大打撃を受けています。
BAR関係者の皆さん、言いたいことをグッとこらえて営業を自粛している。

「終息したら行く」なんて、冗談じゃない。
そこまで悠長に待てるかよ。
体力が持てばいいほうで、最悪の場合、店をたたむ決断をせざるを得ないオーナーが出てくるかもしれない。
それでいいのか、良いわけがありません
夜に繰り出している身としては、身体がひとつじゃ足らない。
それがどうにも、もどかしい。
無力です。

けれども、ここまで痛い思いをすると――。
どうすれば世の中が良くなるのか、人それぞれが自分事として考える機を得たことで、「ショック療法」となるのかもしれない。
歴史の教科書に太字で載ることが間違いない疫病ですが、これを機に、日本が、世界が、良い方向に行けばいい。

これほどの出来事を経て、世界が変わらないようであれば?
人間は、救いようがなく愚かである、ということでしょう。

この記事を書いた人

hiroki

hiroki

編集者 / ライター / ウイスキー文化研究所(JWRC)認定ウイスキーエキスパート / SMWS会員 / 訪問したBAR国内外合わせて200軒超 / 会員制ドリンクアプリ「HIDEOUT CLUB」でBAR訪問記連載(2018年) / ひとり歩き / 健全な酒活 / ブログは原則毎日更新1,000記事超(2020年1月現在)/ ストレングスファインダーTOP5:共感性・原点思考・慎重さ・調和性・公平性