前回リアルで聴いておりそんなつもりはなかったのに、気がつけばチケットを取っちゃった。
聞けば前回はコロナとのことで、たしかソーシャルディスタンスとして1席を空けた(両隣不在)形で見たんだっけ?
会場客席の記憶も曖昧でしたが、それ以上に新作・改作噺の内容をほぼ忘れており、今回でようやく物語がつかめました。
平林 三遊亭東村山
鰍沢零 柳家喬太郎
鰍沢 入船亭扇辰
仲入り
鬼コロ沢 三遊亭白鳥
2025年8月27日19時開演 イイノホール
柳家喬太郎「鰍沢零」
「鰍沢零(かじかざわ・れい)」は2015年の公演『鰍沢 零・壱・弍』で、「鰍沢」の前段となる創作噺をとの主催者(らくご@座)さんのリクエストに喬太郎さんが応えて生まれたもの。
本作「鰍沢」が作者・三遊亭圓朝の三題噺から生まれた説にちなんで、事前に募った「祭囃子・猫・吾妻橋」から創られたとか。
ネタ出しに乗り気でない喬太郎さんは「火事か、ザワッ」などの小話で現実逃避しつつ、“ヒロイン”月の兎と飼い猫たまのやり取りからおもむろに噺へ。
「鰍沢」本編ではすれっからしに成り果てた元花魁・月の兎と、亭主の二人暮らしが重要な設定ですが、ここではその若きふたりの運命的な出会いが喬太郎さんによって語られます。
生の高座は喬太郎さんらしいデフォルメされた猫ちゃんの「ニャオ」という形態模写に目が行きがち。
ですが、これに続く扇辰さんの「鰍沢」を聴いて、喬太郎さんが「鰍沢零」で巧みに伏線を張り巡らしていることに気づかされます。
- 本編であっけなく死んでしまう亭主は、生薬屋の坊ちゃんで奥手だった
- 当時、吉原で酔った相方とともに座敷を騒々しくした客のひとりが、旅人・大川屋新助として本編の主役に
- 月の兎の喉傷がどのようにつけられたのか
「きっとこうだったのでは」な創造性・想像性と、「真景累ヶ淵」ばりの怨念の物語に発展しそうな「発端」にゾクッとします。
入船亭扇辰「鰍沢」
前回も書きましたが、吹雪で道に迷った旅人、熊の膏薬売りから帰宅した亭主を通しての過酷な寒さの演技が見事なのは、扇辰さんが新潟県長岡市の出身ゆえか。
仕草だけではなく、腹の底から寒さを表す声も客席をシンと静まらせる説得力です。
扇辰さんは女性の表現も得意なのは、新たな発見でした。
その凄みをも兼ね備えた美人、月の兎が旅人を追い詰めていく鬼気迫る様子。
旅人が命からがら逃げ出した後、それを追う月の兎の台詞は少ないのですが、その最小限の怒髪天。
落語は想像力ある観客向きとよく言われますが、想像力を助けるのは演者の腕なんだよなあ、と。
三遊亭白鳥「鬼コロ沢」
現代から50年後の近未来。三遊亭白鳥を大師匠にもつ噺家とその弟子が山寺に営業に向かう道の途中で大雪に出くわし、一晩の宿を頼ることに。
その荒屋にいたのは噺家の姉弟子、三遊亭ことりだった。
ことり姐さんは自分が三遊亭圓生の名跡を継ぐと言ってはばからず、師匠と喧嘩して一門を飛び出してから行方知れずとなっていたのだ。
なぜか女教師のコスプレで、元やくざの亭主を喜ばせるのだとすっかり尻に敷いている様子に、とまどう噺家ふたり。
落語に未練はなさそうだが、噺家が圓生の名を継ぐことが落語協会から沙汰されたと聞かされたことりは激怒。
ふたりに毒を飲ませて殺そうとするーー。
コロナ禍で寄席の客が減り、売れっ子の喬太郎も一之輔も三三も皆、噺家を廃業してしまったという設定で、その目玉として大名跡の襲名を行うのだと説明する噺家。
トンデモの近未来に設定しつつ、ちゃんと「鰍沢」の本編の設定に則っていることに驚愕します。
まさか圓生さんもこんな形で後世に使われるとは、あの世でひっくり返ってるんじゃないかな。
前半の怪談、サスペンスの緊迫感からの、白鳥さんの鬼才が炸裂する後半の急転直下な会でした。
扇辰さんがマクラで真夏に聴く冬の趣向に半ば呆れていましたが、それがいいんですよ。
アイキャッチ画像は、帰りにお土産で配られていたステッカーです。