6人の登場人物の女性をオール男性キャストで上演する『サド侯爵夫人』(2026年1月8日~同年2月1日、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA ※2月に大阪・豊橋・福岡で公演)鑑賞。
三浦涼介さんの「こういう女子いるよね」的な役づくりと演技に見事してやられました。
今でいう小悪魔系女子にしか見えないんですよ。ヤバかった。
原作は三島由紀夫(1925-1970)。2025年に生誕100年を迎えたことで改めてピンスポが強まっています。
『近代能楽集』『鹿鳴館』などの三島戯曲のなかでも、『サド侯爵夫人』は海外とくに欧州でも翻訳上演されており、英国の名優ジュディ・デンチも主役を演じたことがあるとか。
本作は三島が澁澤龍彦の『サド侯爵の生涯』に着想を得て執筆した戯曲で、サド侯爵をフックとして人間がひた隠す本能や欲望を抉ります。
しかし舞台に出てくる人物はすべて女性で、これは男性しか出ない戯曲『わが友ヒットラー』と対になる作品を、との三島のねらいゆえ。
18世紀フランス、サド侯爵の妻ルネ(成宮寛貴)を中心に、ルネの母親モントルイユ夫人(加藤雅也)、ルネの妹アンヌ(三浦涼介)、サドの幼なじみシミアーヌ男爵夫人(大鶴佐助)、モントルイユ夫人からサドの性犯罪が無罪となるよう依頼されたサン・フォン伯爵夫人(東出昌大)、モントルイユ婦人家政婦シャルロット(首藤康之)の6人で展開されます。
6人が交わす会話から異常性欲犯罪者として恐れられたサドの本性、ひいては人間の業を浮き彫りにしていく物語です。
宮本亞門氏の演出と演技陣
緩やかに傾斜のついたドーナツ状の廊下(東宝ミュージカル『レディ・ベス』を彷彿)を俳優が歩く舞台。
冒頭でサン・フォンがサドの事件の顛末を説明するのですが、東出さんの衣装が斬新というか苛烈で、鞭を振りながらの演技もあって台詞が頭に入らないw
役者はルネ役の成宮さんを除いて一様に黒色のドレスなのは、演出の宮本さんの趣味でしょうか。
こちらに場面写真があるので、気になる方はどうぞ。
サン・フォンは自らの性の奔放もあって、破滅的な結末を迎えます。これを自由な私生活が取り沙汰される東出さんが演じるのが面白く、また役柄にマッチしているんです。
ルネの厳格な母親モントルイユ役の加藤さんは、おそらく最も台詞量が多く、舞台上にいる時間も長い。
他の俳優が女性っぽい声色を駆使するのに対し、加藤さんは地声を変えないおっさん的アプローチで臨んでいるように見えました。それもまた面白い。
本作でカムバックを果たした成宮さんは、実際ブランクを全く感じさせない演技。難役への取り組みといい、貞淑な妻ルネのキャラもぴったりです。
最後の最後、白いドレスを一切脱ぎ捨てて全裸となる演出(後ろ姿です)は、サド侯爵の呪縛から自由になったルネの解放を表した形か。
バスローブを素早く着てカーテンコールに出てきた成宮さんを、東出さんがチラチラ気にしているのが妙に可笑しい。確かに大丈夫かなと心配になります。
最も目を奪われたのはルネの妹アンヌを演じた三浦涼介さんで、ショートボブのヘアスタイルと背中の空いたドレス、ミニスカがはまりまくり。
サドを寝取った言動を悪びれず告白し、その後の行動も邪気がない。それでいて憎めない。
こういう女は楽しいだろうけど、沼ったら最後な小悪魔キャラです。
舞台上で品を作って寝そべったりと、男を惑わせるなりきりぶり。どうみても女性同然で見事でした。
アングラでならす大鶴さん、バレエを軸に舞台豊富な首藤さんも安定のうまさ。これだけ役者が揃えば満席は当たり前でしょう。
文学性を帯びた格調高い戯曲だが
三島の戯曲をすでに読んで理解していたつもりでしたけど、実際に上演された舞台を見て理解が深まるかと思いきや私の場合は逆。
戯曲を繰り返し読めばいい、鑑賞回数を重ねればいいというものではもなく、おそらく何度読んでも、見ても、この深遠には近づけない気もします。
会話劇というより、美文が占められた小説なのです。
2026年1月17日18時開演 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA


