案外見落としがちですが、スコッチの生産地域区分の始まりは、酒質ではなく、課税による地域の線引きなんですよね。北部(ハイランド地方)と南部(ローランド地方)の民族・文化的背景、地政学的ルーツにまで遡らないと本来は語れないのですが。そこからアクアビテ(ウイスキー)にブレイクダウンすると、この国の地酒を象ったスコッチの歴史がおぼろげながら見えてきます。
2020年2月9日のウイスキー講座で、その歴史をおさらいしつつ、ハイランドモルトの佳酒をいただいてきました。主宰・講師はウイスキー文化研究所認定ウイスキープロフェッショナル・根本毅さん。今回(第18回)のテーマは「ハイランドモルトウイスキーを楽しむ」です。冒頭アイキャッチ写真のスコッチモルトをいただきました。
根本さんのお話とテキストによりますと、スコットランドで初めてアクアビテに課税されたのは同君連合成立後の1644年。税率を上げたことで反乱が起き、また密造防止と免許を取得しやすくする目的で、ハイランド地方には低税率を適用。ブレンデッドウイスキーが主流になる19世紀終わりごろに、ブレンド業者やブローカーがウイスキーの格付けや原種の性質から、ハイランドとローランド、アイラとキャンベルタウンに分けるようになったといわれます。現在はハイランドの中でも蒸留所が集中するスペイサイド、アイラを除く島々を束ねて呼称するアイランズが加わり、生産区分を6地区としているのは周知の通りです。
そんな歴史を鑑みずに言わせてもらえば。個人的にカテゴライズが嫌いなこともあって、スコッチの生産地区分って疑問符だらけなんですよね。スペイサイドにも(いにしえはそれが珍しくもなかったように)スモーキーなウイスキーを造る蒸溜所はあるし、アイランズにしても島どころか蒸溜所ごとに個性が分かれるものを枠に収めようとするのはいささかゴーインでは? 「○○地区だから、どうこう」などと飲み手に余計な先入観を抱かせかねないような気もします。
ハイランドモルトも同じこと。十把一絡げに特徴を短く言い表せません(このブログではなんとか書いてますが)。華やか、エレガント、端正……どれを取っても言葉足らずで、やはり銘柄ごとにきちんと評価したいと思います。というわけで、いただいたのは6アイテム。すべてハイランドです。以下いつものように走り書きします(あくまで個人の主観です)。
1. ベンネヴィス(Ben Nevis)10年 43% OB
- 香り…主張あり。水分の抜けきっていないドライフルーツと麦芽っぽさ。
- 味…リッチ。ベリー系のフルーツの入ったミックスナッツ。余韻は長い。
西ハイランドのフォートウィリアム所在。こちら以前、自宅で飲んだときより、比較にならないほど美味に感じました。今回6種の中では入口でしたが、普段飲みのデザートとして申し分ないモルトです。これで10年とは信じ難いほど。このモルトを核としたブレンデッドもあるのだそうで、比較したいところ。所有会社は日本のニッカウヰスキー(アサヒホールディングス株式会社)です。ジャパニーズのニッカと、どのような形でコネクティングされているのか……想像してみると面白いですね。
2. グレンアギー(Glenugie)1965-1997 32年 56.6% SMWS 99.6
- 香り…倉庫のホコリと水たまり。なめし革、アーモンドキャラメル。時間経つと焼きトウモロコシのように変化。
- 味…入口は軽めの印象だが、時間経つほど骨太に。マスタード多めのハンバーガー。切れ上がりは速い。
東ハイランドのピーターヘッドに所在していた蒸溜所。操業停止と再開を繰り返し、1982年に閉鎖。2005年にペルノリカールが当時オーナーのアライド・ドメック社から買収しています。オフィシャルは出されておらず、原酒はブレンデッド用に回されていたそう。「ドライでスパイシー。そしてシャープ」と根本さん。個人的には良いと思いますが、広範に売るとなると難しいかもしれません。
3. クライヌリッシュ(Clynelish)1996-2016 20年 51.8% BourbonCask ADELPHI for Hermsdale 20th Aniversal
- 香り…硝煙、クリーム、理科の実験室、若干のピート。
- 味…ミディアムボディ。キハチのトライフルロール、後半に若干のフェンネル。
北ハイランドのクライヌリッシュといえばオフィシャルは山猫の絵柄(サザーランド公爵の副紋章)ですが、こちらはしゃれたラベルのボトルが目を引く、ボトラーのアデルフィ。東京・南青山のスコティッシュパブ、ヘルムズデールの20周年記念ボトルです。個人的にクライヌリッシュはボトル(年代)によって、全く異なる印象があるのですが、こちらは現在販売されているオフィシャルに近い、粘性あるテクスチャーでした。2019年に創業200周年ボトルも発売され、同蒸溜所のブローラの記念ボトルに至っては、1本55万円なり。
4. グレンモーレンジー(Glenmorangie)1993-2010 16年 52.8% SMWS 125.31 New charred Barrel
- 香り…やや主張あり。バナナヨーグルト、パウンドケーキ、堂島ロール、林道とその脇の駐車場。
- 味…ライトボディながら複雑で、コントラストが強い。麦芽やクリームのような甘さ優勢。奥に若干の唐辛子。
北ハイランドのテインにある蒸溜所で、「樽のパイオニア」として名高い代表的スコッチの一つ。こちらのSMWSボトルのポイントは、バーボンの新樽であること。その影響をダイレクトに受けており、「生木っぽい」という根本さん評。個人的にモーレンジーは大ファンで、オフィシャルは安心感がある銘柄の一つ。とはいえSMWSのこちらも例外でなく、軽さの中に複雑な香味が入り混じった、一筋縄でいかない楽しさがありました。
5. ブレアアソール(Blair Athol)non-age 48% Distillery Exclusive Bottling SherryCask
- 香り…柔らかく甘めで若干の煙さ。麦わら帽子、焼きプリン、果実の缶詰。
- 味…ライトボディ。スイートポテト、風邪シロップ。切れ上がり速い。
原酒はシェリー樽のシングルモルト用を除き、大元であるディアジオ社の集中倉庫に移送され、熟成を経てブレンデッド(ベルなど)として出荷されます。花と動物シリーズの一つで、そのラベルを踏襲しつつ、白黒を反転させたクールなデザインの蒸溜所限定ボトルです。スタンダードは12年ですが、こちらはノンエイジ。根本さんは硫黄臭や化学臭を指摘されていましたが、それも含めて楽しめる個性的なボトルです。
6. グレンドロナック(Glendoronach)18年 46% 2009 July bottled Lot2 OB Spanish Oloroso SherryCask
- 香り…主張あり。ミックスナッツ、レーズンのデニッシュ、マジパン、シェリー酒。
- 味…ディープ。ナッツのクラッシュ、ピスタチオ、プルーンの砂糖漬けほか黒系・ベリー系のフルーツが終始支配。
東ハイランドのアバディーン所在。2013年にはペルノリカールから買収したベンリアック・ディスティラーズ社がドロナック、グレングラッサも買収。ジャックダニエルや自社クーパレッジ(製樽会社)を所有する米ブラウンフォーマン社がオーナーになったことで、どのようなラインナップが生まれるのか今後ますます楽しみです。こちらの18年は、アルコール度数こそ46%と控えめながら、今回6種のなかで最もどっしりしたモルト。重いデザートが好みという方には良いと思います。
根本さんは、巷ではまずお目にかかれない貴重なボトルをしれっと出してくださるので、いち参加者として内心おののきながらいただくのですが。今回は酒屋さんで現在入手できるOB(オフィシャルボトル)もあって、多少リラックスしながら振り返る機会ともなりました。この6本の中では、モーレンジーとベンネヴィスのポテンシャルを再確認。手の届く範囲で素晴らしいものって、間違いなくあるのです。ふたつはまた、ハイランドの蒸溜所を巡った際の良い思い出です。また旅したいなぁ。
@Bon Vivant